2007年10月14日

生物と無生物のあいだ


生物と無生物のあいだ
著者名:福岡伸一(著)
出版社:講談社
出版年:2007.05
ISBN :9784061498914


 今、話題のベストセラー。著者の福岡伸一氏は時の人となり、先日NHKの「爆笑問題のニッポンの教養」にも出演。内容はもちろん本書に関連することであった。いや、観てないけど。

 本書は、遺伝子の本体「DNA」発見までの過程に始まって、DNAによる自己複製能が生命の本質であること、しかも全てのDNAは原子レベル・分子レベルにおいて常に高速で入れ替わっており、生物とは「動的平衡を維持するもの」であるということを、僕のようなド文系アタマの人間にも分かるように(分かった気になるように?)、実に平易に解き明かしてくれる。

 例えば、我々人間の場合、半年も経てば原子・分子レベルでは完全に生まれ変わった別人なのである。不思議。

 しかし、そういった生物学の最先端の知見以上に興味深かったのは、科学者たちが織りなす人間ドラマである。「人間ドラマ」とは言っても、そこにあるのは高尚さではなく、人間臭さというか、愚かさというか、セコさというか・・・他人の実験データを盗み見たり・・・科学者も人の子、虚栄心だってあるということだ。

 それに、日本ではお札の肖像画にまでなっている野口英世が、現在のアメリカでは全く評価されていないことも印象に残った。彼は、梅毒やポリオなどの感染症の病原体を発見したとされているが、今日ではそれが間違いであったことが証明されているそうだ。

 知らぬは日本人ばかりなりか。。。

 それにしても、ますます研究が進展して、人間を含む全生命の営みの仕組みが完全に解明されたとしても、なぜそんなうまい具合に命がデザインされ、プログラムされたのかという神秘そのものは残るような気がする。だから、宗教も無くならないだろうな(僕は無宗教派だが)なんてことを考えながら、読み終えた。

 たまにはこんな読書も良いものだ。


 次は、もう読み終わった『M8』(高嶋哲夫・著/集英社文庫)。


【16:40追記】
 さきほど、夕飯の買い物のついでに、近所の書店に寄ったら、村上春樹氏の新刊が!小説ではなくてエッセイで『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋)。新聞広告より先に発見できるなんて、嬉しいサプライズ。まさに『小確幸』だ!今日から読むぞぉ。
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2006年12月19日

散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道


散るぞ悲しき
著者名:梯久美子(著)
出版社:新潮社
出版年:2005.07
ISBN :4104774014


 この本は、話題の映画『硫黄島からの手紙』の主人公、栗林中将の実像に迫った1冊。全く凄い人がいたもんだ。


 栗林氏は智将であり、現実的かつ合理的、そして目的のためなら鬼にもなる人だった。

 硫黄島が米軍に占領されれば、日本本土が本格的な攻撃に晒されて壊滅的な打撃を受けることは明白。アメリカ留学経験があり、彼我の国力・戦力の差を冷徹に認識している栗林氏は、最終的には100%負けることを見通した上で、いかに長く持ちこたえるかを徹底的に考え、戦闘の準備を行った。水不足(硫黄島には水道も川も湖も、湧き水も井戸もなく、雨水だけ)と食糧難で疲労困憊の将兵を叱咤激励して、従来の日本軍の兵法を捨て地下要塞を作ったのだ。

 そして、日本軍伝統の「突撃」「玉砕」を禁じ、死よりも辛い生をギリギリまで生きることを将兵に課し、米軍の被害を少しでも大きくしようと考えた。米軍の作戦が上手く行かずに長引き、死傷者が多くなれば、米国世論が戦争中止を求めるかもしれないと期待し、日本の終戦交渉にも有利に働くと計算して。好きな国アメリカ、友人のいる国アメリカを相手に。


 栗林氏はまた、公平無私であり、部下と共にあろうとした人だった。

 本来なら、より安全で快適な父島で指揮を執ることが当然(栗林氏以前の小笠原兵団指揮官は事実そうだった)なのに、それを良しとしなかった。兵を救いのない戦場に送る以上、自分がそこにいなければならないと考えたのだ。

 食事の内容や、水の使用量、寝る場所など、自分を含む幹部の特別扱いも止めさせた。貴重な生野菜(硫黄島にはない)が届いたときには、自分は食べずに、できるだけ細かく刻んで多くの将兵に配ったともいう。

 そんな指揮官だったからこそ、多くの将兵が高い士気を保ち続けたまま、彼についていったのだ。


 米軍の計画では5日で制圧されるはずだった硫黄島は、陥落まで36日間抵抗し続け、太平洋戦争において唯一米軍の死傷者数が日本軍のそれを上回る戦場となり、栗林氏は米軍から最も賞賛される軍人となった。ちなみに、硫黄島の戦端が開いたとき、色々な事情で地下要塞は70%程度しか完成しておらず、もし100%完成していたら、さらに米軍は苦戦しただろうという。

 こんな軍人ばかりなら、太平洋戦争に勝てたかも・・・というのは幻想で、栗林氏が感じていた通り、国力に差があり過ぎた。どう転んでも勝てる戦じゃなかったのだ。


 そして、何よりも栗林氏は優秀な軍人である以上に、良き夫であり、良き父であった。硫黄島から妻や子供に宛てた手紙は、どれも細やかな愛情や優しさ、温かいユーモアに溢れている。

 ・・・それが悲しい。

 硫黄島で戦った20,000人以上のうち、栗林氏以下13,000人の遺骨が、かの地にまだ眠っている。

 合掌。


 宜しければ、もうひとつのブログ「健康への長い道」Cinema Review『硫黄島からの手紙』もどうぞ。


 次は『ダウン・ツ・ヘヴン』(森博嗣・著/中公文庫)。
posted by ふくちゃん at 00:19| Comment(0) | TrackBack(3) | ノンフィクション