2008年10月05日

金春屋ゴメス


金春屋ゴメス
著者名:西條奈加(著)
出版社:新潮社
出版年:2008.09
ISBN :9784101357713


 文庫本になるのを楽しみに待っていた本。


・内容
近未来の日本に、鎖国状態の「江戸国」が出現。競争率三百倍の難関を潜り抜け、入国を許可された大学二年生の辰次郎。身請け先は、身の丈六尺六寸、目方四十六貫、極悪非道、無慈悲で鳴らした「金春屋ゴメス」こと長崎奉行馬込播磨守だった!ゴメスに致死率100%の流行病「鬼赤痢」の正体を突き止めることを命じられた辰次郎は―。「日本ファンタジーノベル大賞」大賞受賞作。
(「BOOK」データベースより)


 月に人類が住む未来。リアル・セカンドライフというかテーマ・パークというか、ある実業家が老人向けに、巨費を投じて北関東に江戸を再現。その後、江戸の情緒や、江戸時代のままの自然と生活に憧れる老若男女たちが移り住み、拡大。やがて、独立を宣言して、日本の属領ながら、歴とした国家となった。

 元々、時代小説というものは、現代人の価値観を投影した現代小説であり、実際の江戸とは違う一種のファンタジーであるから、こういう設定があってもおかしくない。

 まさにコロタマ(コロンブスの卵)である。

 なかなか面白かった。

 ただ、1冊読み終えた感想としては、普通の時代小説として、つまり実際の江戸時代の江戸を舞台にして書いても良かったんじゃないか。

 江戸国の周囲が現代(←小説中では)日本であること、日本から入国して来たばかりの人間と長く江戸で暮らしている者の価値観の違い・・・なんかは十分に活かされているとは思えない。

 あと、ゴメスは、もっとハチャメチャなキャラを予想していたのだが、わりに普通だった(笑)。

 次作も読む予定。


 次は、『花まんま 慶次郎縁側日記』(北原亞衣子・著/新潮文庫)
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2008年08月09日

虚空の旅人


虚空の旅人
著者名:上橋菜穂子(著)
出版社:新潮社
出版年:2008.07
ISBN :9784101302751


 守り人シリーズ第4弾。しかし、今回は「守り人」ではなく、「旅人」である。人物紹介ページに女用心棒バルサの名はあるが、作品中も名前だけで実際には登場せず。とっても面白いのだからまぁいいのだけど、「???」と思いながら読んでいたが、元々は「守り人」シリーズの外伝のような存在だったのね。


・内容
隣国サンガルの新王即位儀礼に招かれた新ヨゴ皇国皇太子チャグムと星読博士シュガは、“ナユーグル・ライタの目”と呼ばれる不思議な少女と出会った。海底の民に魂を奪われ、生贄になる運命のその少女の背後には、とてつもない陰謀が―。海の王国を舞台に、漂海民や国政を操る女たちが織り成す壮大なドラマ。シリーズを大河物語へと導くきっかけとなった第4弾、ついに文庫化。
(「BOOK」データベースより)


 んで、外伝のつもりが上に書かれているように、こちらはチャグムを主人公とした『蒼路の旅人』へと、バルサを主人公とした「守り人」シリーズは『神の守り人』へと続き、最後の『天と地の守り人』で「旅人」と「守り人」はひとつになり完結すると。

 なるほどねぇ。

 何度も言うけど(言ったっけ?)、これを行き当たりばったりで書いてるっちゅうんやから、作家ってすごいね。でも、きっと小説は作者の設計図どおりに書かれるだけではダメで、それさえも超えて物語や登場人物が自ら動かんといかんのだろう。

 しかしまあ、チャグムもすっかり立派になって・・・。

精霊の守り人
闇の守り人
夢の守り人


 次は『消滅の光輪(上・下)』(眉村卓・著/創元SF文庫)。
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2008年07月30日

レイコちゃんと蒲鉾工場


レイコちゃんと蒲鉾工場
著者名:北野勇作(著)
出版社:光文社
出版年:2008.07
ISBN :9784334744472


 北野勇作氏、初読み。


・内容
蒲鉾工場に勤めるぼくが巻き込まれるのは奇っ怪な事件ばかり。怪物化した蒲鉾に社員が誘拐されたり、食べられちゃったり…。特殊事件調査検討解決係の一員として、係長に危険な任務を押しつけられる毎日だ。ちょっと生意気な小学生「レイコちゃん」との冒険が、ぼくをさらに不思議な世界へと運んで行く―。奇妙でどこか滑稽でなんだか怖く、なぜだか懐かしい、SF大賞作家が贈る大人のためのファンタジー。
(「BOOK」データベースより)


 独特の不条理世界とユーモアとノスタルジー、そしてその奥にある怖さというか不気味さが、良かった。

 蒲鉾と言ったって、日常的に我々が食するあの蒲鉾ではない。シリコン基板の上に、神経細胞や肉を盛り付けた“練り物”であり、自律自走するソフトウェアの下、知識や知能やら思考やら心(?)を持つに至った“兵器”である。ぼく=甘酢君はそのような蒲鉾を作る工場に勤めているのだが・・・。

 蒲鉾ときたら時に暴走して、人を誘拐したり、自分を作り変えて実在の人間と入れ替わったり・・・。

 しかし、読み進めるうちに、甘酢君、行きつけの珈琲店を営むアツコさんとその娘のレイコちゃん、工場の人達、彼らが生きているこの世界は、ほんとうに“世界”なのか?皆、蒲鉾に過ぎないのか?そもそも蒲鉾とは一体何なのか?誰が何のために作ったのか?・・・頭がクラクラしてくる。

 最後は、なかなかスッキリ説明されるが、酩酊感は依然残る。

 それにしても最後の件(くだり)は、反戦小説のようにも読める。自分の意識や意思を他人に預け(棚に上げ)、誰かの無茶なシナリオに乗り、闇雲に目標に邁進する/させられることの愚かさ・・・のような。


 次は『虚空の旅人』(上橋菜穂子・著/新潮文庫)。
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2008年06月21日

白澤 人工憑霊蠱猫


白澤
著者名:化野燐(著)
出版社:講談社
出版年:2008.06
ISBN :9784062760393


 シリーズ2作目。前作の『蠱猫 人工憑霊蠱猫』よりは小説として上手になっている(上から目線)。


 純然たる時系列的続編かと思いきや、前作では脇役だった玄山資料館準備室の学芸員=時実理一とシステム開発会社ミル・プラトーのシステム・エンジニア=石和百代の2人を主人公に、前作の事件を別の場所から語り直し、その後を描くという趣向。

 これはなかなか良い。

 妖怪とITの融合という設定も、今の時代を反映していて面白い。人語を解し万物に精通するとされる聖獣<by Wikipedia>=白澤はPCのディスプレイの向こうから、ネットワークの向こうから、召喚(ダウンロード)されてやってくる・・・というように。

 長閑な世捨て人に見える時実の本当の顔。本作でも垣間見えるが、今後掘り下げられていくのだろう。どうやら、学園における有鬼派(妖怪・精霊と結合することでより強大な新人類へ進化すると信じるグループ)と無鬼派の抗争で、過去に辛い体験をしているようだし、ミル・プラトーの女社長・高穂との過去もなんかありそうだ。

 で、最初に書いたように、1作目よりも随分良くなったが(また上から目線)、ある人物が終盤に死ぬところは、安手のアニメやドラマのよう。センチメンタルかつ“過剰書き”で、やや冗漫。まだまだ頑張ってもらいたい(さらに上から目線)。

 ちょっと迷うが、次の巻も出たら、一応読むことにしよう。


 次は、『赤絵の桜 損料屋喜八郎始末控え』(山本一力・著/文春文庫)。
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2008年06月04日

夜市


夜市
著者名:恒川光太郎(著)
出版社:角川書店
出版年:2008.05
ISBN :9784043892013


 角川ホラー文庫レーベルではあるが、ホラーというよりファンタジーの手触り。血が飛ぶわけでもないし、怖い話でもない。


・内容
妖怪たちが様々な品物を売る不思議な市場「夜市」。ここでは望むものが何でも手に入る。小学生の時に夜市に迷い込んだ裕司は、自分の弟と引き換えに「野球の才能」を買った。野球部のヒーローとして成長した裕司だったが、弟を売ったことに罪悪感を抱き続けてきた。そして今夜、弟を買い戻すため、裕司は再び夜市を訪れた―。奇跡的な美しさに満ちた感動のエンディング!魂を揺さぶる、日本ホラー小説大賞受賞作。
(「BOOK」データベースより)


 表題作の『夜市』も、この世のものならぬ者たちが行き交う街道世界を描く『風の古道』も、現世を生きる少年と異界との微かな接触、しかし決して後戻りできない出会いと別れが郷愁を誘う。

 ただ、世評で絶賛されているほど素晴らしいとは思わなかった。美しくはあるけど、ちょっと物足りない気がした。もう少し妖しさがあってもいいんじゃないか。

 要求し過ぎかも知れんけど。


 次は『さまよう刃』(東野圭吾・著/角川文庫)。
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2008年04月19日

花まんま


花まんま
著者名:朱川湊人(著)
出版社:文藝春秋
出版年:2008.04
ISBN :9784167712020


 昭和30年〜40年代の大阪の下町で少年時代・少女時代を過ごした大人たちが、子供の頃の不可思議な体験を振り返る、6つの物語。
 
 コジラ、ガメラ、ウルトラマン、サンダーバード、怪獣図鑑、ソノシート、パルナス(関西以外の人はほとんど知らんだろう)、リモコン戦車、ベッタン(メンコ)、路上の怪しい(でも子供には魅力的な)モノ売り、ゴム跳び、天王寺動物園、小さな文房具屋、プラモデル・・・。

 僕は昭和42年生まれで、この本の主人公たちより年下だし、同じ大阪の下町でも文化住宅やあばら家ではなく、田んぼに囲まれた団地で生まれ育った人間だが、読んでいてとても懐かしかった。

 哀しい話、淫靡な話、滑稽な話、怖い話・・・でも、どの話にも優しさと暖かさ、郷愁が溢れる不思議な魅力に満ちた短篇集。

 決してノスタルジーだけに寄りかかった小説ではないが、平成の世が舞台では成立しない匂い。

 今、20代前後の人には、この物語はどう映るだろうか?

 
 次は、『小判商人 御宿かわせみ33』(平岩弓枝・著/文春文庫)。
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2008年04月06日

蠱猫 人工憑霊蠱猫


蠱猫
著者名:化野燐(著)
出版社:講談社
出版年:2008.03
ISBN :9784062759892


 書店で書物に呼ばれることがある。

 そして、全く見たことも聞いたこともなかった作家の知らない作品を買うことがある。

 これもそんな一冊。


・内容
妖怪を具現化する力を持つ禁断の書、『本草霊恠図譜』。図書館の片隅の古びた土蔵から、美袋小夜子がこの書を発見したことで、学園都市は戦いの舞台へと変貌する。“蠱猫(こねこ)”とは?“有鬼派”とはいかなる者たちか?穏やかで近代的な学園都市が激しく凄惨で果てない対決の嵐の中に。妖怪伝奇小説登場。
(「BOOK」データベースより)


 文庫本の4ページに、『版画・妄想記述言語』というものが載っている。本編を読むと分かるが、どうやら妖怪を具現化する際に使用する文字のようだ。むろん架空の言語で、製作は著者自身、清書は京極夏彦氏。

 化野燐氏は在野の妖怪研究者だそうで、巻末には多くの興味深げな参考文献。

 ノベルズでは既に7巻刊行されているシリーズの第1作である。

 な〜んか面白そう・・・。

 と思って、読んだのだが。

 主人公の1人、美袋(みなぎ)学園創始者・玄山の血を引き、今は美袋玄山記念図書館の司書として、玄山が土蔵に残した夥しい古今東西の博物館学的知の集積を整理・分類する美袋小夜子が、何か良からぬことを企んでいそうな有鬼派たちから『本草霊恠図譜』を守るために、自らに取り憑いた蠱猫の化身に変化して闘い始める第1章はまだ良い(一文なが!)。

 そこからいったん時間を遡って(第2章のかなり後までそのことに気付かなかったが、そういう書き方もどうかと思う)、もう1人の主人公、美袋学園文学部人類学研究室の学生・白石優が登場する第2章。これが長いわりに話が進まない。ダラダラ長い。テンポ悪い。

 この白石が(傍からは全くそう見えないのに)相当なコンプレックスの持ち主で、ネガティブなのは、まあ良い。人間誰でもそういう面はあるし、主人公だからといって、いつも前向きである必要もないだろう。

 でも、すぐに『ぼくはダメ人間なのだ』と心の中で独白する(しかも何度も)のが、腹立つ(笑)。作家として、彼のそういう思いをもう少し別の形で表現する方法はないものか。

 で、白石は友人たちと共に挫折とはとてもいえないレベルの出来事で挫折して、ひとり自転車で旅に出る。でも、あの程度の出来事が挫折とはどうしても思えないので、全く共感できない。この旅が後々の伏線になるならともかく(続刊を読んでないので分からない)、そうでないならほとんど無駄な(しかも長い)描写である。

 さらに、特に気になったのが描写の重複。

 例えば、371ページ。

 あの光景が、死に近づいた瞬間に見えるというまぼろしのようなものだったのか、それとも、からだを脱け出た魂が本当にどこかをさまよって眼にしたものだったのかは、今もってわからない。
 あるいは・・・。
 ただの夢だったのかもしれない。

 そして、419ページ。

 あの断片が、死に近づいた瞬間にみえるというまぼろしのようなものだったのか、あるいは、からだから脱け出た魂が本当にどこかをさまよって眼にしたものだったのかは、今もってわからない。
 あるいは・・・。
 ただの夢だったのかもしれない。

 次に、425ページ。

 視界が目まぐるしく移動した。
 早送りビデオのように素早く、融通無碍に視界が切り替わった。
 物理的な制約から解き放たれた視線だけが、あちこちを彷徨った。
 部屋から部屋へと。
 襖を突き抜け、次の部屋へ。
 天井をすり抜け、二階へ、さらに上層へ。
 やがて・・・
 ぼくは大広間にいた。

 で、428ページ。

 視界がふたたび目まぐるしく移動した。
 早送りビデオのように素早く、融通無碍に視界が切り替わった。
 物理的な制約から解き放たれた視線だけが、あちこちを彷徨った。
 部屋から部屋へと。
 襖を突き抜け、次の部屋へ。
 床をすり抜け、二階へ、さらに下層へ。
 やがて・・・。
 ぼくの眼は、見覚えのある部屋にいた。

 ・・・この重複は何かの効果を狙ったものだろうか?その意図は僕には理解できない。

 というわけで、冗長の見本のような作品だと思った。

 辛口だなぁ。。。我ながら。。。

 でも多分、次も買うと思う。それで面白いと思えなかったら、このシリーズから離脱するだろう。


 次は『水滸伝・十八 乾坤の章』(北方謙三・著/集英社文庫)。
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2008年02月21日

かたみ歌


かたみ歌
著者名:朱川湊人(著)
出版社:新潮社
出版年:2008.01
ISBN :9784101337715


 朱川湊人氏、初読み。

 主に昭和40年代の東京の下町、アカシア商店街を舞台にした7つの連作短篇集である。
 
 『シクラメンのかほり』(知ってる)、『アカシアの雨がやむとき』(知らん)、『愛と死を見つめて』(知らん)、『モナリザの微笑』(知らん)、『黒ネコのタンゴ』(知ってる)、『圭子の夢は夜ひらく』(知ってる)、『人間なんて』(知ってる)、『心の旅』(知ってる&好き!)など、当時のヒット曲の数々(「かたみ歌」?)がチラッと登場する。

 ホラー、怪談、心霊、都市伝説。

 怖い物語ではない。

 最初の1篇を読み終えた時は、下手ではないけど、短篇ならもっと上手い人いくらでもいるよなぁ・・・と思った。しかし、一篇、一篇と読み進むうちに、なぜだか心地よくなってきた。

 現世を生きる者とあの世にいる者との交わりは、恐ろしくもあり、哀しくもあり、優しくもある。その不思議な手触りが忘れ難い。


 次は、『「居眠り磐音 江戸双紙」読本』(佐伯泰英・著・監修/双葉文庫)。
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2008年02月04日

アラビアの夜の種族(全3巻)


アラビアの夜の種族 1
著者名:古川日出男(著)
出版社:角川書店
出版年:2006.07
ISBN :9784043636037


 『この文庫がすごい!2007年版』第4位である。読みたいと思っていたが、ようやく手に取った。文庫本の腰帯によると『月刊PLAYBOYが選ぶこの10年のベスト・ミステリー』第1位だそうだ。

 だが、僕は『ファンタジー・幻想文学』にカテゴライズしてみた。


 時は18世紀。処はエジプト、首都カイロのマムルーク王朝(正確には今は王朝ではない)。マムルークとは“奴隷”である。しかし、一般的にイメージされる奴隷とは全く異なる。被支配階級ではなく、支配階級なのである。差別され、酷使され、虐げられる存在ではない。幼い頃に、人身売買で購入され、文武両面において、徹底的なエリート教育、競争教育を受ける。脱落者は命を奪われ、一握りの卓越して優秀な人材だけが生き残り、権力者となるのだ。

 今、そのエジプトを平らげんと迫り来るのは、将軍ナポレオン率いるフランス軍。一方のマムルーク軍団は、古典的スタイルの騎馬軍と歩兵。その伝統的スタイルによる戦闘ならば世界最強であり、かつては十字軍を始め、数々の外敵を屠ってきたわけだが、近代的軍隊と化したフランス軍相手に勝ち目は無い。例えて言えば、織田信長や武田信玄の軍勢が、自衛隊と戦うようなものである。

 しかし、近代軍の何たるかを未だ知らぬマムルーク内閣の第1位、勇猛な武人でもあるムラード・ベイは、自らを総大将として迎撃に向かう。内閣第2位、文官タイプのイブラーヒーム・ベイはカイロに残り、自らが第1位に躍り出るチャンスを窺いながら、後方を纏める(“ベイ”は“知事”という意味)。

 そして、近代軍の強さを知る内閣第3位のイスマーイール・ベイ。この国家的危機に頭を痛める彼に、文武に優れた若い執事(もちろん奴隷)アイユーブは献策する。

 すなわち、少しでも触れたならば、読む者を強大な吸引力によって引き摺り込み、決して離さず、最後は破滅に追い込む禁断の物語=『災厄の書』をアラビア語からフランス語に翻訳して、ナポレオンに読ませるというのである。

 実は『災厄の書』なるものは、アイユーブの創作であって、まだこの世には存在しない。しかし、アイユーブは数奇な物語を密かに語り伝える美しい“夜の語り部”ズームルッドを探し出し、最高峰の書家の協力を得て、『災厄の書』づくりを始める。夜な夜な奇想天外な物語が譚られ、書き綴られる・・・。


 アラビア民間伝承の奇想の物語、その英語版を日本語に翻訳した・・・というスタイルで執筆された、まさに奇想の書。

 古川日出男氏が綴る(翻訳する)ナポレオンのエジプト侵攻とそれに対抗するアイユーブの物語の中で、『災厄の書』の物語が語られる。

 まずは、古い古い時代、蛇神の魔女ジンニーアと契りを結んだ人間=魔王(妖術師・魔術師)アーダムの物語。そこから1000年後の白い魔術師・ファラーと勇士サフィアーンの物語。そして、永い時を越えて復活したジンニーアとアーダム、ファラー、サフィアーンの物語。

 地の物語よりも、この『災厄の書』の物語が非常に面白い。ファンタジーとして深みはないけど、エンタメとしてはなかなか。アーダム、ジンニーア、ファラー、サフィアーンの物語が大団円を迎えたときは、「あぁ〜、“物語”を読んだなぁ〜」という充実感とある種の癒し、物語が終わってしまうことへの一抹の寂しさを感じた。

 果たして、『災厄の書』はナポレオンの手に渡り、彼とフランス軍を破滅させ、エジプトを守ることができるのか?

 想像力と妄想力が爆発し、奔流のように飛び交う物語。

 まあ、ちょっと冗長に感じる部分もないでもなかったけどね。でも、ページを繰る手が止まらない。その意味では、この本が『災厄の書』かも。

 ちなみに、古川日出男氏については、昔『2002年のスロウ・ボート』を立ち読みして、「なんじゃい!村上春樹の劣悪なコピーかよ!」と思って(全文読んだわけじゃないので、本当にちゃんと読んだらどういう評価になるかは分からない)敬遠してきたのだが、まあ、この作品は楽しかった。


 次は、『写楽・考 蓮丈那智フィールドファイル3』(北森鴻・著/新潮文庫)。
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2007年12月06日

おまけのこ


おまけのこ
著者名:畠中恵(著)
出版社:新潮社
出版年:2007.11
ISBN :9784101461243


 人気の『しゃばけ』シリーズ第4弾。先日のTVドラマは予想通りイマイチだった。宮迫氏の“屏風のぞき”は良かったが・・・。おかげで『おまけのこ』を読む間、脳内劇場の“屏風のぞき”は、あの姿。あと、谷原氏の仁吉もイメージに近いかな。


・内容
一人が寂しくて泣きますか?あの人に、あなたの素顔を見せられますか?心優しき若だんなと妖たちが思案を巡らす、ちょっと訳ありの難事件。「しゃばけ」シリーズ第4弾は、ますます味わい深く登場です。鼻つまみ者の哀しみが胸に迫る「こわい」、滑稽なまでの厚化粧をやめられない微妙な娘心を描く「畳紙」、鳴家の冒険が愛らしい表題作など全5編。
(「BOOK」データベースより)

 
 さて、第3弾の『ねこのばば』の記事(コチラ)で書いたとおり、好きなシリーズなのだが、今回はチト不満。

 収録の5編のうち、『こわい』では、慈悲深いはずの仏様からも、他の妖(あやかし)達さえからも忌み嫌われるように生まれ付いてしまった“孤者異(こわい)”の怒り・哀しみ・孤独に。『畳紙(たとうがみ)』では、自分を表に出すことが怖くて、親代わりの祖父母や許婚の前でさえ素顔を見せられない、お雛の心の揺れに。著者の筆は迫り切れていないのだ。もちろん様々な描写を通じて、読者に伝えようとはしている。しかし、物足りない。また、いたずらに結論付けず、投げ出すような終わり方は構わないが、余韻がない。

 このあたり、全てを書き尽くさず、読者の想像の余地を残しながら、そこはかとなく、でもしっかりと登場人物の心情が立ち上がってくる北原亞以子氏の『慶次郎縁側日記』シリーズとは、かなりレベル差がある。

 続く『動く影』も中途半端だ。結局、若だんなが幼い頃こんなことがありました・・・という話に留まっている

 あとの2編『ありんすこく』『おまけのこ』も・・・単なる“お話”だ。

 好きなシリーズなだけに誠に残念。前3作も、ひょっとしてこんなモノだったのだろうか?物珍しさに喜んでいただけで。それとも、こちらの期待値が異常に高すぎたのか?あるいは、4作目にして、そろそろレベルダウンか?

 第5弾での巻き返しを期待したいところだが、そのうちヒマを見つけて、もう一度いちばん最初の『しゃばけ』を読んでみよう。


 次は『グリーン・レクイエム/緑幻想』(新井素子・著/創元SF文庫)
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2007年10月19日

太陽の塔


太陽の塔
著者名:森見登美彦(著)
出版社:新潮社
出版年:2006.05
ISBN :9784101290515


 長く読書をしていると、好きなシリーズ物が増えて、その新刊をフォローすることに忙しくなり、未知の作家に出会う時間が減る。さりとてシリーズ物ならではの魅力も捨てがたし・・・。ジレンマだ。

 でもないか。

 森見氏は初読み。日本ファンタジーノベル大賞受賞作ということで、一応「ファンタジー」にカテゴライズしてみたが・・・これがファンタジーなら、なんと華のないファンタシジーであることか(笑)。

 でもいいね、こういうファンタジーがあっても。


・内容
私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない。三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった!クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
(「BOOK」データベースより)


 もっと破天荒で、ヌメヌメ、ジメジメ、男汁(森見氏の造語だろうか?)プンプンの、匂いそうな作品かと期待していたが、意外に大人しいというか、上品な作品だった。そこが少々物足りないといえば、物足りない。

 だが、「ゴキブリキューブ」は想像するだに恐ろしい(笑)。こんな目にだけは遭いたくないなぁ・・・。

 モテない男の手記に溢れる過剰な自意識、過剰な自信、その裏に押し込めようとしても滲み出る不安や寂しさや自己防衛意識が無闇におかしい。男なんて煎じ詰めればこんなものかもねぇ・・・。この人の作品、また読もう。


 次は、愛読シリーズの新刊で、『やさしい男 慶次郎縁側日記』(北原亞以子・著/新潮文庫)
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2007年08月28日

フィンガーボウルの話のつづき


フィンガーボウルの話のつづき
著者名:吉田篤弘(著)
出版社:新潮社
出版年:2007.07
ISBN :9784101324517


 僕の好きなクラフト・エヴィング商會の吉田篤弘氏の連作?短編集。

 例によって少し奇妙で、ほんわかで、お洒落。

 例によって作品同士が微妙にリンクしたり、入れ子構造になったり。


「世界の果てにある食堂」を舞台にした物語を書きあぐねる吉田君は、奇妙な連作小説を予告して消息不明となった謎の作家=ジュールズ・バーンを知る。「物語」の入り口を探し求める吉田君がいつしか迷い込んでいたのは、バーンが企んだ連作の世界なのか―。ビートルズの“ホワイト・アルバム”を軸にしてシンクロする過去と現在。16+1の短篇のリンクが「物語」の不思議を奏でる。
(「BOOK」データベースより)


 何の主張もない、押し付けがましいところもない。日向ぼっこしているような、ソファの上でまどろんでいるような、そんな心持ちになってくる。

 宝石箱のような本。

 ・・・ま、退屈する人もいるだろうけど。


 次は『水滸伝・十一 天地の章』(北方謙三・著/集英社文庫)。
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2007年06月13日

村田エフェンディ滞土録


村田エフェンディ滞土録
著者名:梨木香歩(著)
出版社:角川書店
出版年:2007.05
ISBN :9784043853014


 今日は珍しく、平日に仕事休み。というわけで、こんな時間からPCに向かっている。関西も明日には梅雨入りしそうということだが、今日もじっとり暑い。

 そんなジメジメ、ジトジトを忘れさせてくれるような清涼な一冊が『村田エフェンディ滞土録』。

 てっきり“村田エフェンディ”という名前なのかと思っていたら、「エフェンディ」とはトルコ語(?)で、学問を修めた人への敬称とのこと。ま、“村田先生”みたいなものか。

 この村田君は、同じ著者の『家守綺譚』の「木槿(むくげ)」の章に“土耳古(トルコ)に行っている友人の村田から便りが届き・・・”と間接的に登場するあの村田君である。最後には『家守綺譚』とリンクするので、そちらから先に読んでおくのがベターかな。

 本書は、明治維新後の近代化を急ぐ日本を代表して、考古学研究のために招請・派遣された村田の少し不可思議な土耳古滞在録。

 時は1899年、舞台は土耳古のスタンブール(イスタンブール)。下宿先の主人である英国人のディクソン夫人、土耳古人の召使ムハマンド、下宿人の3人の考古学者=村田&独逸人のオットー&希臘(ギリシア)人のディミィトリス、そして「悪いものを喰っただろう」「友よ」「いよいよ革命だ」「繁殖期に入ったのだな」「失敗だ」の5つの言葉だけを絶妙に皮肉なタイミングで発する鸚鵡(おうむ)。彼等の日常生活や交流を、大英帝国の植民地支配や忍び寄る第1次世界大戦の影を遠景に置きながら、静かなユーモアや小さな祈りや哀しみを湛えつつ、清楚な美しい文章で描き出す。

 決して派手ではないけど、心に残る大切な物語だ。

 ・・・しかし、“土耳古”や“希臘”って普通の変換で出るんやなぁ。

 で、次は『みんな元気。』(舞城王太郎・著/新潮文庫)を読む。
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2007年05月10日

静かな黄昏の国


静かな黄昏の国
著者名:篠田節子(著)
出版社:角川書店
出版年:2007.03
ISBN :9784041959053


 タイトルと裏表紙の内容紹介文(下記参照)に惹かれて購入。篠田節子氏は初読み。よく篠田真由美氏(まだ読んだことない)と混同してしまうのだが・・・。


環境破壊と貧窮のうちにゆっくりと滅びつつある近未来の日本。老夫婦が辿りついた理想の“終の棲家”とは(表題作)。現在・過去・未来にわたり、すべての生きとし生けるものに等しくやってくる終末の風景を、時に叙情的に、時に黒い笑いを交えて直木賞作家は描き出す。もしかしたらそれは、明日のあなたのことかもしれない ― 甘美な破滅と残酷な救済が織りなす、8つのものがたり。
(「BOOK」データベースより)


 で、最初の2編を読んだ時は、「こりゃ外したな」と思った。特に巻頭の『リトル・マーメイド』はその気持ち悪さに不愉快ですらあった(笑)。

 ま、その後は持ち直し、なかなか面白かった。

 ・・・でも。

 SFチックなもの、ホラーっぽいもの、幻想譚・・・どの作品にも既視感が付き纏う。無論のこと、完全にオリジナルな作品など滅多にあるものではないと思うのだが、それでも程度問題だ。

 残酷さも怖さも不気味さも不条理性も、例えば乙一氏や津原泰水氏などの方がはるかに上。そう思ってみると、ひたすら嫌悪感を催した『リトル・マーメイド』が最も強烈でマルかも(決して好きな作品ではないが)。


 続いて『飛ぶ教室』(ケストナー・著/光文社古典新訳文庫)。
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2007年04月16日

男は旗


男は旗
著者名:稲見一良(著)
出版社:光文社
出版年:2007.03
ISBN :9784334742188


 「海洋冒険小説」ではあるが、リアリズム小説ではないので、「ファンタジー」にカテゴライズした。これは「大人のための童話」である。

 「童話」ではあるが、「寓意」や「教訓」はない。荒唐無稽ともいえる活劇をただ理屈抜きで愉しめば良いのだ。


かつて“七つの海の白い女王”と歌われたシリウス号。客船としての使命を終え、今は船上ホテルとして第二の人生を送っていた。ところが経営難から悪徳企業に買収される羽目に。しかしひと癖もふた癖もあるクルーたちが納得するはずがない。やがて謎の古地図に示された黄金のありかを捜し求めて、ふたたび大海原へと出航。爽快かつファンタジックな冒険譚。
(「BOOK」データベースより)


 あの知る人ぞ知る名作『ダック・コール』(91年:山本周五郎賞/92年:このミステリーがすごい国内編第3位)の稲見氏の復刊作品。

 一読して「こんな小説も書くんだぁ」という意外感、「らしいなぁ」という納得感、相反する印象を同時に得た。いずれにせよ、この人の作品は、お洒落で夢があって、ちょっとハードボイルド・タッチで、ユーモアと品がある。


 稲見氏のデビュー作は、89年の『ダブルオー・バック』(絶版/『男は旗』巻末の解説によると、原型となる作品は68年に小説誌に掲載されたそうだ)。

 その後、

90年…『ソー・ザップ!』(絶版)
91年…『ダックコール』(94年にハヤカワ文庫で復刊)
93年…『セント・メリーのリボン』(06年に光文社文庫で復刊)
94年…『男は旗』、『猟犬探偵』(06年に光文社文庫で復刊)、『花見川のハック』(絶版)

を上梓するが、94年に病気で他界。誠に惜しまれる。


 『ダック・コール』は今でも時々読み返すほど気に入ってるが、その後復刊される度に読んだ『セント・メリーのリボン』、『猟犬探偵』も良かったので、そろそろハズレが来るのでは・・・と思いながら『男は旗』を読んだが(←根拠なし)、杞憂だった。

 ま、正直先に読んだ3作品に比べると多少落ちると思うが、それは3作品のレベルが高すぎるということ。

 『男は旗』を批判する人は、「人物が描けてない」なんて言うんだろうな。

 今の小説は人物のディテールをやたらに書き込むことを良しとする風潮があるように思うが、本当にそれがリアリティというものなのか?

 例えば、僕は宮部みゆき氏が好きなのだが、『理由』や『模倣犯』はそういう意味でもうひとつ感心できなかった。冗長に過ぎると思うのだ。どれだけ書き込んでも複数の人物の人となりや、人生の全てを書き尽くすことはできない。ストーリーに直接関係しない情報は刈り込んで、それでもキャラクターが浮かび上がってくる、読者の想像に委ねる・・・というのが小説ではないか?

 ・・・なんて偉そうなことは、この辺で。

 話が逸れた。

 この作品の中に、「わたしが書きたいと思うのは、ハルヲ・サトーのいう“根も葉もない嘘八百”だ。物語の中の男や女と一緒になって、ワクワクドキドキする小説だ」というセリフがある。稲見氏ご本人の小説観なんだろう。

 次は『村上かるた うさぎおいしーフランス人』(村上春樹+安西水丸・著/文藝春秋)。
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2007年02月10日

世界でいちばん幸せな屋上 Bolero ミルリトン探偵局シリーズ2


世界でいちばん幸せな屋上
著者名:吉田音(著)
出版社:筑摩書房
出版年:2006.12
ISBN :9784480422941


 早く増刷してくれぇ〜!!という叫びが通じたか、ぶらっと寄ったジュンク堂書店で平積み発見、即買い。でも奥付見たら「第1刷」で、単に品切れだったわけだね。

 今作も装丁・お話共に凝ったつくり。

 “Side A”として、著者の吉田音さんと円田さんによるミルリトン探偵局篇、『シナモンと黒猫』、『鏡の国の入口』、『屋上の楽園』、『雨の日の小さなカフェ』、『チョコレエトをかじりながら書いたあとがき』。今回は黒猫シンクの「おみやげ」に対する推理よりも、小説執筆に艱難辛苦する円田さんが、そこから構想を広げていく様がメイン。見た目シンメトリー(左右対称)の言葉(例えばTAXI、1001、吉田音、非常口、非日常などなど)へのこだわり、言葉遊び(「神戸」=「神様のドア」とか)が楽しい。

 “Side A”に挟まれる“Side B”には、『バディ・ホリー商會』、『世界でいちばん幸せな屋上』、『奏者2‐予期せぬ出来事』、『ボレロ』の4篇。この4篇が互いに、またSideAともリンクする様が巧み、そして不思議。文章の手触りは全然違うけど、村上春樹氏を連想させる。

 著者の吉田音さんは、前回も書いた通り、クラフト・エヴィング商會の吉田篤弘・浩美夫妻の娘さんで、1986年生まれ・・・やっぱり架空の存在みたい。

 まあ、いいや。ぜひ、続編を書いて欲しい。

 夜に猫が身をひそめるところ Think ミルリトン探偵局シリーズ1


 次は、『ほたる館物語2』(あさのあつこ・著/ピュアフル文庫)。あと、『ラギッド・ガール』を連休中に完読予定。
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2007年01月26日

夜に猫が身をひそめるところ Think ミルリトン探偵局シリーズ1


夜に猫が身をひそめるところ
著者名:吉田音(著)
出版社:筑摩書房
出版年:2006.12
ISBN :9784480422873


 大好きなクラフト・エヴィング商會の最新文庫は、『夜に猫が身をひそめるところ Think ミルリトン探偵局シリーズ1』と『世界でいちばん幸せな屋上 Bolero ミルリトン探偵局シリーズ2』の同時刊行。

 これまでも、ちくま文庫の『クラウド・コレクター〈手帖版〉』(クラフト・エヴィング商會)、『すぐそこの遠い場所』(クラフト・エヴィング商會)、『つむじ風食堂の夜』(吉田篤弘)で楽しませてもらっていたので、刊行時に書店で見かけたときは「よし、今度来た時に2冊まとめて買おう!」と心に決めて、他の本を購入して帰った。

 で、それから数日後、ジュンク堂書店に勇躍乗り込んだら、平積みだったはずが『2』は品切れ、『1』も残り数冊になっていた・・・。

 仕方が無いので、『1』だけを購入。

 あの時、この2冊を買えば良かった。

 ・・・しくしく。


 主人公は著者の吉田音(よしだ・おん)。中学生。

 クラフト・エヴィング商會名義で著作・装丁を手がける吉田篤弘・浩美夫妻の娘さんということである。夫妻はクラフト・エヴィング商會の三代目、音さんは四代目ということであるが、虚実ないまぜの話っぽいので、初代・二代目が存在するかどうかは・・・???


 音さんの住む町には、猫がたくさん。

 両親と暮らす彼女の家の庭も、たくさんの野良猫が行き来したり、まどろんだりしている。最近登場した新入りの黒猫は、

“まっくろで、まだ小さいが、なかなか姿かたちがいい。黒いからそう見えるのか、どんな狭いすき間でも、すいすい抜けていく。すいすいと抜け、またどこからか、するするとあらわれ、今度は庭のまん中あたりで立ち止まって腰をおろし、目を閉じ、何やらじっと考えこんでいる様子。”

であるが、ご近所に住むお父さんの古い友達、円田(つぶらだ)さんの家で居候を始めたらしい。「考える」風情の猫だから、円田さんが付けた名前が「シンク(Think)」。

 で、このシンク、夜な夜な散歩に出かけるのだが、必ず「おみやげ」持参で帰参する。最初は小さな青いボタンで、毎日1個ずつ16個。それから小さな鳥の羽根とか。

 シンクはいったいどこへ出かけて何をしているのか?音さんと円田さんは、「おみやげ」を眺めて考える。推理する。でも、シンクを尾行したりしない。できない。だから、ただ考えるだけで「謎を解かない」。それが2人による「ミルリトン探偵局」である。

 最初の章で、シンクが拾ってくる「おみやげ」はキレイな「釘」、「光沢ビス・・・五十」という文字が読める破れた紙袋の切れ端、古い折れ曲がった「釘」、吸いかけのタバコ「ゴールデン・バット」、「謎の白い粉」、「箱舟」という古い映画のチラシ(「おみやげ」の写真がまた良い)。

 円田さんは「安楽椅子探偵」よろしく、これらの断片からシンクの行き先がどこかの大工さんの家であると考え、その人となりまで推理してみせるのだが・・・。

 次の章は、その解答編とも言える物語。


 こんな調子で、シンクの「おみやげ」の元の持ち主の人物像に関する推理の章が3つ(猫だけが行ける場所/川を眺める/11時のお茶)、そして解答編の章が3つ(久助/奏者/箱舟)、交互に登場する。

 解答編の3つの物語は、独立した作品としても読める上に、静かな余韻の残る「久助」、ユーモラスな「奏者」、神話的な「箱舟」というように、それぞれタッチが全く異なる。そして、推理編を含め、全ての章が微かに共振するように触れ合うのである。


 単行本の1999年刊行。著者略歴によると吉田音さんは1986年生まれ。弱冠13歳で発表した作品ということになるが、これが本当なら・・・つい疑ってしまう。だって虚実ないまぜのクラフト・エヴィング商會だもの・・・ちなみに円田さんは別の作品に出てくる架空の人物・・・大したモンである。羨ましい。

 早く増刷してくれぇ〜!!


 ただいまは通勤電車で『水滸伝・四 道蛇の章』を熱い気持ちで(笑)、読破中。自宅で読んでいる『ラギッド・ガール』はようやく半分ほど読了というところ。
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2006年12月05日

ねこのばば


ねこのばば
著者名:畠中恵(著)
出版社:新潮社
出版年:2006.11
ISBN :4101461236


 人気の「しゃばけ」シリーズ、文庫化第3弾。今回も楽しく読んだ。

 読んだことのない方のために一言で形容すると、「物の怪(もののけ)江戸ものファンタジー」「江戸の若だんな・妖(あやかし)捕物帖」。

 ・・・何のことやら。しかも二言だ。

 じゃ、手抜きだけど、本文からの引用で、も少し説明してみる。

 江戸一繁華な通町にある長崎屋は、江戸十組の株を持つ大店で、廻船問屋兼薬種問屋だ。若だんな一太郎は、年があければ十八になる、大事な跡取り息子であった。

 ・・・気は優しく、頭の方もなかなか聡明である。

 甘い奉公人と、甘い甘い兄やたちと、更に甘甘甘の両親という、売り物の砂糖を全部集めたよりも極甘な者達に、若だんなはずっと守られ生きてきた。産まれてこの方、朝と昼と晩に、器用にも別の病で死にかけるほど、ひ弱だったからだ。

 ・・・今でも、1年の多く、1日の多くを専用の離れ(しかも布団の中だったりする)で、「兄や」こと手代(従業員の中のエライさん。番頭の次)の佐助と仁吉に世話をされながら暮らしている。

 大きな声では言えないことだが、長崎屋には妖が沢山入り込んでいた。若だんなの祖母ぎんは、皮衣という大妖(たいよう)の名を持つ者であったからだ。兄やである二人の手代も実は、犬神(いぬがみ)、白沢(はくたく)という妖だ。祖父母が体の弱い若だんなのために、長崎屋に送り込んでくれたものどもだった。

 ・・・祖母の血を受け継いだ一太郎には、常人の目には見えぬ妖が見える。親にはこの能力は無いから、隔世遺伝だ。

 そして、この能力と優れた頭脳を活かし、「何よりも若だんなの健康と命が最優先」という原則の下にしか行動しない犬神=佐助と白沢=仁吉(若だんな大事のあまり、若だんな本人にもやたら厳しいのが笑える)、そして離れに住むその他の妖や町で出会った妖達とも協力して、様々な事件を推理・解決するのが、当「しゃばけ」シリーズ。

 ライト・ミステリ、人情捕物帖、ファンタジー、情緒ある江戸モノなど、多面的な魅力を持つ作品であり、楽しく読めるのだが、時になかなか重いテーマを突きつけたりしてくるところも良い。

 しかし、妖怪といえば『ゲゲゲの鬼太郎』と『妖怪人間ベム』を思い出す。あの連中もいいヤツ等だった。ベム、ベラ、ベロを遠ざけようとする人間の大人の方が、よっぽど嫌らしく怖かったもんな。それにしても「妖怪人間ベム」のニューバージョンは、絵がキレイでポップ過ぎる。あのドロドロジメジメした暗〜い感じがなくて、ツマラナイぞ。

 あ〜、あと「うしおととら」も面白かったな。

 ・・・何の話だ。

 さて、お次は『カラ兄2』(光文社古典新訳文庫)!
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2006年11月09日

プラネタリウムのふたご


プラネタリウムのふたご
著者名:いしいしんじ(著)
出版社:講談社
出版年:2006.10
ISBN :4062755254


 これ最高。とっても×10、素敵な物語。

 主な登場人物は、

●テンペルとタットル
赤ん坊の時、村のプラネタリウムの座席下に捨てられていた双子。名前はテンペルタットル彗星にちなんで。毎日プラネタリウムの中で星を見ながら成長した、ちょっと風変わりな2人だが、テンペルは郵便配達夫から世界トップ級の手品師に、タットルは郵便配達夫兼プラネタリウムの優秀な投影技師+解説員になる。

●泣き男
プラネタリウムの投影技師+解説員。タットルが共に働くまでは、プラネタリウムのただ1人の職員。赤ん坊の双子を引き取り、名付けて育てた「父」。卓越した星の語り部。

●目の見えない老女
山の真っ暗な熊の精と呪文で通じ合う魔女(?)。星占いに通じており、予言も行う。取っ付きにくい人柄だが、やがて様々な意味でタットルを救うことになる。

●テオ
世界を旅する手品師の一座の座長。腕は超一流。率いるメンバーは、下半身のない「うみがめ氏」、手品師として能力がありながらピエロに徹する「兄」、一座のスケジュール管理も担当する「妹」、近視の老馬「プランクトン」、ウイスキー呑みの熊「パイプ」。ひょんなことからテンペルもメンバーとなる。ちなみに「兄」と「妹」の血は繋がっていない。

●栓抜き
美しく整った顔と爽やかな笑顔の奥に荒んだ心を持つ、キャバレーの給仕の少年(12〜13歳)でスリも働く。だが、心の奥底に純粋で傷つきやすい魂が震えている。テオの跡を継いで座長となったテンペルの手品に触れることで変わっていくが、テンペルの人生に重大な影響を及ぼす。

など。

 ストーリーを説明しても、何が面白いのかは全く伝わらないと思うので、割愛。

 結末は少し物悲しいけれど、楽しく、微笑ましく、感動的な実に心温まる珠玉の作品。

“『いいかい、あんたにはここで、あたしの手伝いなんざできっこない。かえって迷惑なくらいさ。ただ、この部屋の外じゃ、あんたにしかできないってことも、ほんの少しくらいならある。いまはまだ、わかんないだろうがね。あんたじゃなきゃ務まらない、って役柄が、この世にはちゃあんと用意されてる。星の動きでね、ぜんぶそうきまっているんだよ。あたしだってね、あんたと同じように、結局、自分にできることしかできやしない。ただ大事なのは、その仕事だけは、ぜったいに手をぬかずやりとおすことだよ。』”

“空のかなたでゆっくりとおおきく、姿かたちをかえていく星々たちにくらべ、けしつぶほどの時間しか与えられていないことを、ぼくはいま、こころから幸運におもっています。「永遠」を信じられるから。たとえそれが見せかけの永遠だとしても、ぼくのなつかしいうちは、「永遠に」かたちをかえない星々のもと、いまもそこにある、と、そんなふうにおもえるからです。”

 超オススメ。

 んでもって、お次は『ZOKU』(森博嗣・著/光文社文庫)を読む。
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2006年10月15日

家守綺譚


家守綺譚
著者名:梨木香歩(著)
出版社:新潮社
出版年:2006.09
ISBN :4101253374


 梨木香歩氏の著作は読んだのは『西の魔女が死んだ』が初めてで、その次が『裏庭』。少女の祖母との交流と成長を描いた前者、やはり少女を主人公にファンタジー色の強い後者、どちらもとても良かった。

 で、3冊目が、この文庫最新刊の『家守綺譚』。前に読んだ2作とは全く違う作風だったので(心が「しん・・・」とするような静謐さを感じさせるという共通点はあるけど)、「こんな作品も書けるんだぁ」と感心。

 
 舞台は100年前の滋賀県のどこか。しがないモノ書きである主人公・綿貫征四郎は、学生時代に亡くなった親友・高堂の実家に、「家守」として住むことになる。年老いた高堂の両親は、嫁いだ娘の家で厄介になることにしたのである。「家守」だから、少ないながら月々のお金も頂戴できる。

 意に染まぬ英会話学校の講師など辞めて、文筆業に精を出せるとばかりに、征四郎は早速この話に飛びついた。

 ある日、床の間の掛け軸の中から、死んだはずの高堂がボートに乗ってやってきた・・・。


 登場するのは征四郎と高堂のほかに、怪しげな長虫屋、近所のお寺の和尚、隣の家のかみさん、妙に人間味のある犬・ゴロー、そして征四郎に「懸想している」サルスベリ、河童、小鬼、人魚、人を化かす狸などなど。

 不可思議で幻想的な出来事が次々と起こるが、筋立てらしい筋立てはない。なぜ、そんなことが起こるのか、登場人物たちも大して気にしないし、作者も説明しない。ストーリーはどこにも行かないし、教訓もメッセージもない。誤解を恐れずにいえば“感動”もない。

 それでいて、モノ静かで、のびやかで、なんとなく心楽しい物語である。

 ちなみに、この作品は征四郎が書いた文章という体裁を取っている。もちろん、実際の作者は梨木香歩氏だが、読んでいるうちに何だかそのことを忘れてしまい、本当に征四郎の文章を読んでいるような気持ちになってくる。

 各章のタイトルには「白木蓮」「都わすれ」「南蛮ギセル」「葛」「南天」「サザンカ」など植物の名前が使われ、その章の中でその植物が印象的に描写されているのも良い。

 梨木氏は、イマジネーション豊かな作家である。残りの作品も全部読んでいこう。


 お次は『手紙』(東野圭吾・著/文春文庫)だ。
posted by ふくちゃん at 00:29| Comment(6) | TrackBack(5) | ファンタジー・幻想文学