走ることについて語るときに僕の語ること 著者名:村上春樹(著)
出版社:文藝春秋
出版年:2007.10
ISBN :9784163695808
今日、書店で村上春樹氏に関する、最近出版された評論本を立ち読みした。現存する日本の作家で、これほど次々と評論本が出る人も珍しい。しかし、昔一度だけ真剣に評論本というか分析本を読んでみたことがあるのだが、「こんなもん読んでもしょーがねーな」というのが率直な感想である。以来、小説家やその作品に関する評論は立ち読みの拾い読み以外では読まないことにしてる。
そんなヒマがあったら、その小説家の作品を読んだ方が話が早いし、礼賛であれ批判であれ、一般の方のブログなどの方がよっぽど参考になって楽しい。
今回の評論本も、拾い読みの斜め読みではあるが、その感想は「わかってねーな」である。小説を分析的に読んでも仕方がない。面白いか、面白くないかが全てなのだ。
1982年秋、専業作家としての生活を開始したとき、彼は心を決めて路上を走り始めた。それ以来25年にわたって世界各地で、フル・マラソンや、100キロ・マラソンや、トライアスロン・レースを休むことなく走り続けてきた。旅行バッグの中にはいつもランニング・シューズがあった。走ることは彼自身の生き方をどのように変え、彼の書く小説をどのように変えてきたのだろう?日々路上に流された汗は、何をもたらしてくれたのか?村上春樹が書き下ろす、走る小説家としての、そして小説を書くランナーとしての、必読のメモワール。
(「BOOK」データベースより)
村上氏の小説もエッセイも全く読まない人の村上像ってどんなもんだろう?
そういう方には意外かも知れないが、ハルキストなら先刻ご承知の通り、実はかなりの「肉体派」(・・・っていう呼称はご本人に苦笑されそう・・・^^;)なのである。昔の紀行系エッセイなんかを読んでも、かなりワイルド?な行動派だ。
この人の作品にはダークな色合いも強いが、その世界が健康な肉体と健康的な生活に支えられたものであることが、本書を読むと改めてよく分かるし、(うまく説明はできないが)なぜ海外でも広く受け入れられるのか、時に評論家に酷評されながらも、一過性の流行文学ではなく、長い間売れ続けるのか分かる気がする。
結局、その辺の作家や評論家とは創作との関わり方に違いがあるのだ。
早く次の小説を読みたい。
で、次は『太陽の塔』(森見登美彦・著/新潮文庫)。

