2007年07月31日

夕凪の街 桜の国


夕凪の街桜の国
著者名:こうの史代(著)
出版社:双葉社
出版年:2004.10
ISBN :9784575297447


 ずっと気になっていた漫画。映画を観たついでにようやく購入した。

 映画は2時間弱。こちらはわずか100ページで、すぐ読了。細かい設定の違いはあっても、映画はこの原作にかなり忠実に作られているんだな、セリフなんかも。

 原爆投下直前・直後の話ではなく、10年後の昭和30年を舞台にした『夕凪の街』とほぼ60年後の平成16年を舞台にした『桜の国』、時間を隔てた2つの物語。

 1つの家族の歴史として描かれることで、原爆がもたらしたもの、そしてそれはまだ終っていないことが確かに伝わってくる。

 画風は可愛らしく、筆致はあくまで淡々。時にユーモラスに(『桜の国』は結構笑える)、それぞれの時代の普通の人の日常を描く。

 一見、明確な主張はない(ように見える)。だが、原爆投下が引き起こしたことを垣間見せる、ちょっとした描写が胸に沁みてくる。

 特に『夕凪の街』のラスト3ページは、漫画であることを放棄したような手法でありながら、漫画でしか為しえない ― 小説や映画では不可能な ― 描写であり、その凄さは特筆モノ。なんともいえない読後感が残る。

映画『夕凪の街 桜の国』レビュー


 次は、そろそろミステリ欠乏症なので、『三人目の幽霊』(大倉崇裕・著/創元推理文庫)。
posted by ふくちゃん at 23:52| Comment(2) | TrackBack(3) | 漫画

2007年07月30日

DIVE!!(上・下)


DIVE!! 上
著者名:森絵都(著)
出版社:角川書店
出版年:2006.06
ISBN :9784043791033


 『2006年度版おすすめ文庫王国』(本の雑誌増刊)堂々第1位。ということで、気になっていた作品。

 期待に違わぬ面白さ。一気に駆け抜けるように読んだ。

 まず、日本ではマイナーな(世界ではどうか知らん)スポーツ、「飛び込み」を取り上げた点がいい。知らない世界の魅力に触れられるっていうのは読書の楽しみだが、これ読んだら「飛び込み」という競技を観る目が変わる。次の五輪が楽しみになった。

 この作品最大の魅力は、東京の同じダイビング・スクール(ミズキ・ダイビング・スクール=MDC)の中に全くタイプの違う主人公3人を置いたこと。この設定が効いている。

 1人はまだ中学生の坂井知季。物語のスタート時点では平凡な選手だが、実は類稀なる動体視力と柔軟な肉体という先天的な素質を備えている。でも、無邪気というか、無欲過ぎるというか、子ども(って中学生だ)というか、自分の才能に全く気がついていない。

 もう1人は高校生の富士谷要一。MDCのヘッドコーチの息子で、既に実績もあり、押しも押されぬMDCのエース・・・どころか、日本のエース候補。クールで、頭脳明晰で、優れた才能と高いテクニックで完璧なダイブを誇る自信家(でも嫌味なヤツじゃない)。

 いま1人は幻の天才ダイバーの血を引き、故郷の海で飛び込みを続けてきた沖津飛沫。その野生的な風貌と肢体を活かしたダイナミックなダイブには、観る者の目を釘付けにせずにはおかない迫力と吸引力がある。高校生であることをついつい忘れてしまうキャラ。

 この3人がアメリカ帰りのコーチ・麻木夏陽子と出会い、反発したり(飛沫)、距離を置いたり(要一)しつつ、自分の飛ぶ意味を考えたり、苦悩したり、絶望したり、心を揺らしたりしつつ、はたまたお互いを刺激しあいつつ、それぞれの持ち味と才能が引き出されて行く。

 物語は4部構成で、第1部は知季、第2部は飛沫、第3部は要一を中心にストーリーが進み、第4部では他の選手も交えたオリンピック代表選考試合の様子が刻々と描かれる。

 成長したり、後退したり、最初の印象とは違う顔や内面を見せたり・・・変わっていく少年達。周囲の様々な登場人物との関わり ― 例えば要一と父、知季と双子の弟や弟に取られたモトカノ、飛沫の実家・津軽の年上の彼女などなど ― を絡めて描く手管は心憎い。

 いったい誰が選考試合に勝利するのか、3人は悔いなく己のベストを尽くせるのか。この日のために用意したとっておきのダイブを成功させられるのか。1回飛ぶごとに入れ替わる順位・・・誰にも勝ってもらいたいし、誰にも負けて欲しくない、そんな思いを抱きながら、先が気になってページを繰る手が止まらなくなる。それでいて、最後の最後では、この物語に終わって欲しくない、まだ読んでいたいという気持ちになり、ゆっくりじっくり読んだ。

 幸せな読書。


 次は、映画を観たついでに購入した漫画『夕凪の街 桜の国』(こうの史代・著/双葉社刊)。
posted by ふくちゃん at 23:46| Comment(4) | TrackBack(1) | スポーツ小説

2007年07月26日

星月夜の夢がたり


星月夜の夢がたり
著者名:光原百合(著)
     鯰江光二(画)
出版社:文藝春秋
出版年:2007.07
ISBN :9784167717346


 これはこれは、とってもとっても素敵な絵本。

 少し不思議だったり、切なかったり、優しかったりするメルヘン・ショート・ショート32篇。

 光原百合氏=ミステリ作家(『時計を忘れて森へ行こう』は大好きだ)のイメージだが、こういう作品も書くんだなぁ・・・。というか、作家を志した原点がメルヘンとの出会いだったそう。

 鯰江光二氏のカラーイラストも誠にもって美しい。

 32の作品タイトルを並べるだけでも読みたくなるの人も多いのでは・・・?

星夜の章
春ガキタ/塀の向こう/カエルに変身した体験、及びそれに基づいた対策/暗い淵/地上三メートルの虹/ぬらりひょんのひみつ/三枚のお札異聞/いつもの二人/もういいかい/絵姿女房その後/遙かな約束

月夜の章
海から来るモクリコクリ/鏡の中の旅立ち/萩の原幻想/かぐや姫の憂い/赤い花白い花/チェンジ/エンゲージリング/無言のメッセージ/お天気雨/隠れんぼ/天馬の涙

夢夜の章
ある似顔絵描きのこと/真説耳なし芳一/大岡裁き/いなくなったあたし/トライアングル/天の羽衣補遺/大食いのこたつ/目覚めの時/アシスタント・サンタ/遙か彼方、星の生まれるところ

 『遙か彼方、星の生まれるところ』の“視覚的”な美しさ ― イラストではなく文章の ― が、特にお気に入り。ほっとする一冊だな。


 次は何を買うか散々迷った挙句、『DIVE!!』(森絵都・著/角川文庫)に決定。
posted by ふくちゃん at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 絵本

2007年07月25日

水滸伝・十 濁流の章


水滸伝 10
著者名:北方謙三(著)
出版社:集英社
出版年:2007.07
ISBN :9784087461855


 長い物語も折り返し地点。これまで1ページに踏みとどまっていた巻頭の【前巻までの梗概】もついに2ページ体制に(笑)。

 今回のメイン・ストーリーは、呼延灼(こえんしゃく)と晁蓋の激突。

 呼延灼は宋の敵国・遼との国境を守備する代州軍の将軍で、既に梁山泊入りした楊志・秦明に匹敵する地方軍の雄である。

 と同時に、腐敗した中央(帝・政府・軍)への反発や疑問を内心に抱えながら、軍人として命令に従うことを優先している点も、かつての楊志や秦明と共通している。

 そんな呼延灼に中央軍(禁軍)の童貫元帥から、梁山泊本隊と戦うよう命令が下る。呼延灼は「一度だけ勝つということで良いなら、必ず勝てる」と言い、引き受ける。

 向かい合う、呼延灼・代州軍1万と晁蓋・梁山泊軍8千。

 何日もの間、開戦のタイミングを見計らいながら陣立てを動かす2人。その対峙の中で、お互いを認め合い、それゆえに本気で戦うことになる。

 まぁ、第1巻の登場人物表からずっと梁山泊側に名前のある呼延灼との戦いだから、安心して読んでいられる、ひょっとしたら盛り上がらない戦いになるかも・・・と思っていたら・・・。

 全然、そんなことは無かった。呼延灼の独創的かつ果敢な攻撃の前に、梁山泊軍は官軍相手に初めての大敗を喫することになるのだ。

 ・・・書いちゃった。

 でも、事前にそれを知っていても面白さは損なわれないはず。勝ち負けという結果よりも、戦いの最中の描写そのものがキモだから。

 で、なんで勝った筈の呼延灼が梁山泊に加わることになるのか?それは読んでのお愉しみということで。

 もちろん、この戦でも梁山泊の何人かが死ぬ。登場するときは皆それなりに書き込んでもらっても、死ぬときはあっさり死ぬキャラと死に際もがっつり書いてもらえるキャラと・・・落差が激しい(笑)。こんだけ登場人物がいると仕方がないけど。

 ちなみに、今回は本筋とは関係ないところで、印象に残る文章があった。

“風流を好み、さまざまな石を全国から集め、それで国力が疲弊するほどだった。戦になど、もともと関心を持ってはいないのだ。それが、口に出してなにか言う。帝の口から出る言葉だけに、始末が悪いのだ。(略)高球(注:帝におもねり利用する奸臣/正しくは人偏に求)など、どうでもよかった。あの帝がいる限り、第二、第三の高球が現われる。この国の不幸が、帝という名の愚か者ひとりによって、救いようのないものになっていくのか。”

 なんで印象に残ってるかって?それは言えん・・・(じゃ、書くな!)。

水滸伝・一 曙光の章
水滸伝・二 替天の章
水滸伝・三 輪舞の章
水滸伝・四 道蛇の章
水滸伝・五 玄武の章
水滸伝・六 風塵の章
水滸伝・七 烈火の章
水滸伝・八 青龍の章
水滸伝・九 嵐翠の章


 次は、『星月夜の夢がたり』(光原百合・著/鯰江光二・絵/文春文庫)。
posted by ふくちゃん at 00:24| Comment(0) | TrackBack(2) | 歴史・時代小説

2007年07月21日

卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし


卵のふわふわ
著者名:宇江佐真理(著)
出版社:講談社
出版年:2007.07
ISBN :9784062757799


 「秘伝 黄身返し卵」、「美艶 淡雪豆腐」、「酔余 水雑炊」、「涼味 心太(ところてん)」、「安堵 卵のふわふわ」、「珍味 ちょろぎ」とちょっと珍しい料理・食べ物をタイトルにした連作時代小説。

 「のぶちゃん、どこだい?わし、腹が減ったよう。お雑煮を作っておくれ」 ― 北町奉行所・臨時廻り同心・椙田忠右衛門の最初のセリフがこれである。いきなりこんなセリフで登場する同心がかつていただろうか(笑)。もう引退してもよいぐらいの年齢なのにぬーぼーとして、どこか子どものようで、食い意地が張っていて、嫁ののぶをとても可愛がっている・・・という忠右衛門のキャラが一発で伝わってくる。

 この忠右衛門と歯に衣着せぬ物言いの妻ふで、椙田家の地所に住む幇間(ほうかん)の桜川今助の遣り取りが面白い。電車の中で噴き出しそうになって困った。

 忠右衛門夫婦がのぶに寄せる愛情は微笑ましい。だが、2人の息子であり、のぶの夫である隠密廻り同心・正一郎ののぶへの態度は居丈高で冷たい。それでも忠右衛門とふでに対する想いから、夫とのすれ違いに耐えるのぶなのだが・・・。

 不器用な正一郎の態度にはそれなりに理由があって、こじれていく2人の仲が最終的にどうなるのか?あまり仲の良い夫婦には見えない忠右衛門とふでの過去には何があったのか?というのが読みどころ。

 正一郎とのぶがハッピーエンドになることは最初から予想できるし、忠右衛門とふでの結び付きの確かさも描かれるのだが、ラストの忠右衛門の○○は意外だった。

 同心一家が主人公とは言っても捕物ではなく、江戸の食べ物を彩りに夫婦・家族を描いた暖かい作品。ぜひ、続きを書いてほしいな。


 次は『水滸伝・十 濁流の章』(北方謙三・著/集英社文庫)。
posted by ふくちゃん at 22:00| Comment(6) | TrackBack(3) | 歴史・時代小説

2007年07月20日

おれがあいつであいつがおれで


おれがあいつであいつがおれで
著者名:山中恒(著)
出版社:角川書店
出版年:2007.05
ISBN :9784041417034


 今は亡き(たしか)旺文社の「小六時代」にコレが連載されていた頃、リアルタイムで読んだ。

 当時はちょっとHで、ハレンチ(?)な物語をドキドキ半分、嫌悪感半分(上品な坊ちゃんではなかったのだが)で読んでいたものだ。

 先日、コレが原作の映画『転校生』(リメイク版の方)を観て懐かしくなり、改めて読んでみた。

 ・・・なんだ。

 爽やかで、瑞々しい物語じゃないか。

 さり気にジェンダーを扱った作品でもある。もちろん、当時はそんな言葉、一般的ではなかったわけだが。

 僕も「男らしさ」や「女らしさ」の呪縛から100%フリーとは言い切れない面はあるが、それ以上に「自分らしく」あること、「人間らしく」あること(僕にとっては「=恥を知る人間」であることの意)がずっと大事だと信じているので、この作品に共感すること大である。

 著者の山中氏にも、「男(女)らしさ」というレッテルへの反発があるようだ。

 でも、そんな話には興味がない人でも、楽しめる小説。


 次は、『卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし』(宇江佐真理・著/講談社文庫)。
posted by ふくちゃん at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 児童文学

2007年07月18日

水の伝説


水の伝説
著者名:たつみや章(著)
出版社:講談社
出版年:2007.07
ISBN :9784062757904


 たつみや章氏もちょっと前から気にかかっていた作家だが、今回晴れて(?)初読みとなった。

 結論から言うと、読んで良かった。児童文学って、ホント馬鹿にできない。


“自分で言うのは変かもしれないけど、ぼくはグズでドジな弱虫男だ。みんながそう言ったからってだけじゃなくて、自分でもそう思う。何か意地悪なことを言われても言い返せないし、何をやってものろのろおそいし、成績もよくない。”

 女性的な(中性的な)風貌もあって、東京の小学校では苛められていた6年生の光太郎。

“ぼくは毎日、ぼくってなんてだめなやつなんだろうと思いながら暮らしてて(略)”

 アァ分かるなぁ、この気持ち。俺も中1のときの1年間だけ苛められたことがあったから。長く続くと、そのうち劣等感のカタマリになっちゃうんだよな。

 で、光太郎は学校ではどうすることもできず、心配する両親と顔を突き合わせなきゃならない家庭も辛くて、ド田舎の白水村に山村留学してきた。

 幸いにして村の下宿先の一ノ関家の長男で同級生のタツオとは結構仲良くなって、わりに楽しい日々。でも、自分に自信のない光太郎は、内心「嫌われたらどうしよう、嫌われたくない」とビクビクしてる。

 村ではしばらく大雨が続いていたが、一ノ関家の山が土砂崩れを起こして、木材として一家の収入源となるはずだった杉林がダメになってしまう。それでもなお降り止まない雨は、村を危険に晒す。

 そんなある日、タツオに頼まれて2人だけのヤマメ釣りの穴場・乙女ヶ淵が無事かどうかを確かめに行った光太郎は、増水した川で流木に挟まれて動けなくなったカッパを助ける。どうやらカッパに見込まれた光太郎は、そうとは知らずカッパの引き合わせにより、乙女ヶ淵で美しい盃のようなものを見つけて持ち帰る。

 その盃は、村が祀る龍神様の「嫁」=生け贄となる人が持つ印で、昔々乙女ヶ淵には「嫁」が放り込まれていたらしい。そうと分かった日から、なぜかタツオが光太郎に冷たくなる。

 タツオの態度に絶望した光太郎は思い悩んだ末、これまで仲良くしてくれたタツオやお世話になった一ノ関家の人々、大好きな村のために生け贄になり、龍神様に雨を止めてもらおうと決意する。


 弱虫だった少年の成長物語をメインに、人間と自然の共生のあり方までを問う、爽やかなファンタジー。

 これは他の文庫化作品(『ぼくの・稲荷山戦記』『夜の神話』)も読まねば。


 次は、またまた児童文学で『おれがあいつであいつがおれで』(山中恒・著/角川文庫)。
posted by ふくちゃん at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 児童文学

2007年07月16日

幻詩狩り


幻詩狩り
著者名:川又千秋(著)
出版社:東京創元社
出版年:2007.05
ISBN :9784488726010


 親本は1984年の発刊。しかし、古さを全く感じさせない。

 無名の青年が書き上げた不可思議な詩が持つ驚異の力。読む者を幻惑し、時間と空間を超越させ、この世への執着を奪い、精神を破壊する、強力な麻薬のような、いや、それ以上に危険な詩・・・。

 作品として成功させるには、もの凄い力業を必要とする意欲的な設定だと思う。


1948年。戦後のパリで、シュルレアリスムの巨星アンドレ・ブルトンが再会を約した、名もない若き天才。彼の創りだす詩は麻薬にも似て、人間を異界に導く途方もない力をそなえていた…。時を経て、その詩が昭和末期の日本で翻訳される。そして、ひとりまたひとりと、読む者たちは詩に冒されていく。言葉の持つ魔力を描いて読者を翻弄する、川又言語SFの粋。日本SF大賞受賞。
(「BOOK」データベースより)


 ・・・で、成功しているか?と聞かれると、頑張りと志は認めるけど、やはりハードルが高すぎた、という印象。

 登場する詩にそこまでの魔力があるとは実感できないし。

 ま、本当に魔力を感じられるような詩だったら、ヤバイわけだが・・・。


 次は、『水の伝説』(たつみや章・著/講談社文庫)。
posted by ふくちゃん at 23:57| Comment(0) | TrackBack(1) | SF

2007年07月15日

卵の緒


卵の緒
著者名:瀬尾まいこ
出版社:新潮社
出版年:2007.07
ISBN :9784101297729


“僕は捨て子だ。子どもはみんなそういうことを言いたがるものらしいけど、僕の場合は本当にそうだから深刻なのだ。(『卵の緒』)”

 僕(育生)には父親がいない。「僕は捨て子なの?」と聞いたときの祖父・祖母の反応も怪しい。学校で先生から「へその緒」の話を聞いて、お母さんに「見せて」と頼んだら、割れた卵の殻が入った箱を持ってきて、「卵で産んだのよ」なんて言う。

 このお母さんのすっとぼけたキャラがなんとも良くて、自分が捨て子かどうか気を揉む育生との会話が微笑ましくも可笑しい。物語の後半で2人には血の繋がりがないことや、その事情が明らかになるが、むしろお母さんがいかに育生を深く愛しているかが鮮明になって、ほっこり。

 お母さんと再婚した職場の上司・朝ちゃんと育生が、赤ちゃんが生まれるまでの間、子育てを「卵」で予行演習する奇妙なエピソードは余計な気もするけど、ラストの言葉はすぅ〜と胸に沁みてくる。

 この表題作が瀬尾まいこ氏のデビュー作だそうだ。そして、もう一篇。


“七子と七生。父さんがつけた。(略)見る人が口を揃えて、「本当にそっくりね」と驚くほど、顔つきも同じだ。だけど、私と七生は正しい兄弟じゃない。出所が違う。七生は父の愛人の子どもだ。(『7's blood』)”

 「愛人の子」のイメージを大きく裏切る、素直でしっかりもので、愛らしい男の子・七生。彼の母親が人を刺して刑務所に入ったのを、「七生の周りにいる大人で自分がいちばんまともそうだったから」という理由で七子の母親が引き取ったのだが、その母親が入院し、高3の七子と小6の七生、異母兄弟2人の生活が始まる。

 懸命に七子に近付こうとする七生。あまりに出来すぎた11歳に違和感を抱く七子。2人の間は初め、七子のその違和感が原因でぎくしゃくするが、七生の処世術の理由や七子に向ける本当の想いを知るにつれ、心を寄せ合わせていく。

 2人の生活は七生の母が刑務所から出てくるまでの期間限定で、七子が感じるようにこの先2人はもう会えないのかも知れない。でも、きっとお互いの中に大切な相手の存在は残り続けて、心を温め続けるのだろう。そう感じさせてくれる小説。


 どちらも、父親不在の話。そして母親の強さや深さを感じる話。血が繋がってなかったり、異母兄弟だったり、頭の古い政治家のオヤジが「これぞ理想の家族像です」などというステレオタイプな家族像からは遠く離れた家族のお話。しかし、紛れも無く暖かな家族の絆の物語である。


 次は『幻詩狩り』(川又千秋・著/創元SF文庫)。
posted by ふくちゃん at 21:39| Comment(0) | TrackBack(2) | その他

2007年07月12日

闇の守り人


闇の守り人
著者名:上橋菜穂子(著)
出版社:新潮社
出版年:2007.06
ISBN :9784101302737


 『守り人』シリーズの第1作『精霊の守り人』も面白かったけど、これはさらに良かった。優れたファンタジーには「よくこういう設定を考えるなぁ」と感心するのが常だが、あとがきを読む限りでは、頭の中でこねくり回して書いたのではなく、自然に湧き上がるものを書きとめたに過ぎないみたいだ。

 いわば“シャーマン”、“憑依”状態といったところか。

 そんなことホントにあるんだろうか・・・といつも思う。でも、村上春樹氏も度々そうなるみたいだし、生まれるべくして生まれる物語とはそんなものなのかも。

 ストーリーをちゃんと紹介したいが、背景説明も含めてかなり長くなりそうだし、それなら実際に読んでもらう方が早いし・・・。1作目を読んでおくのは必須としても、予備知識なしで読む方が良いと思う ― どんな本でもそうかも知れないが ― 特にこの作品は。


女用心棒バルサは、25年ぶりに生まれ故郷に戻ってきた。おのれの人生のすべてを捨てて自分を守り育ててくれた、養父ジグロの汚名を晴らすために。短槍に刻まれた模様を頼りに、雪の峰々の底に広がる洞窟を抜けていく彼女を出迎えたのは―。バルサの帰郷は、山国の底に潜んでいた闇を目覚めさせる。壮大なスケールで語られる魂の物語。読む者の心を深く揺さぶるシリーズ第2弾。
(「BOOK」データベースより)


 ・・・という文庫本ウラの説明文から想像するより、ずっと読み応えがあるよ。

 ぜひ!

精霊の守り人

 次は、『卵の緒』(瀬尾まいこ・著/新潮文庫)。
posted by ふくちゃん at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 児童文学

2007年07月10日

真夜中の五分前 side A/side B


真夜中の五分前
著者名:本多孝好
出版社:新潮社
出版年:2007.07
ISBN :9784101322513



真夜中の五分前
著者名:本多孝好
出版社:新潮社
出版年:2007.07
ISBN :9784101322520


 ブログを更新しそびれている間に、sideA、sideB両方読み終わったので、まとめて。

 ネタバレあり。

 
 sideAでは広告代理店に勤めている主人公の「僕」。学生時代、交通事故で恋人を失ったが、愛していたはずの彼女を失っても、自分が何も失わず、ただ呆然とするだけで、決して心の底から哀しんではいないことに、今も混乱している。自分は彼女を愛してはいなかったのではないかと。

 そんなある日、プールで偶然知り合った女性・かすみとプラトニックともいえるデートを重ねるようになる。彼女には一卵性双生児の妹・ゆかりがいる。そして、ゆかりには裕福で非の打ち所のない好青年の婚約者・尾崎がいる。

 実は、かすみも尾崎を愛している。ゆかりと彼女は、思考も志向も嗜好も完全にシンクロしてしまうのだ。なぜ、自分と尾崎ではなく、ゆかりと尾崎なのか?そんな想いから逃れるために、僕と交際(のようなもの)を続け、僕もそれを受け入れてる。

 やがて、僕とかすみは互いの混乱の中で寄り添い合い、結ばれる・・・。

 sideBは、sideAから2年後。僕は転職して、閑古鳥の鳴く店をリニューアルして繁盛店に変えるプロデューサーのような仕事をしている。そして、かすみは冒頭から死んだことになっている(これには結構驚いた。同時にまたこのパターンかよ、とも)。1年半前、ゆかりと2人で行った海外旅行で事故に遭遇したのだ。ゆかりの方は何とか無事で、現在は尾崎と結婚している。

 しかし、ある日、尾崎が僕を訪ねて来て「ゆかりと会ってほしい」と言う。「彼女が本当にゆかりなのか、それともかすみなのか確かめてほしい」と。


 本多孝好は若い頃から上手い作家だった。まだ20代の頃に出版された『MISSING』や『Alone Together』などは好きな小説である。

 今作も上手いことは上手い。

 洒落た文体、洒落た会話。

 だか、どうしても読みながら「しゃらくせぇ!」という想いを禁じ得なかった。やや虚無的で、でも優しげな主人公の性格・言動や仕事内容、双子の登場、かつての死んだ恋人・・・村上春樹の安っぽいパクリを読んでいるようだった。

 これはアカン。


 次は『闇の守り人』(上橋菜穂子・著/新潮文庫)。
posted by ふくちゃん at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛小説

2007年07月04日

銀河英雄伝説3 雌伏篇


銀河英雄伝説 3 雌伏篇
著者名:田中芳樹(著)
出版社:東京創元社
出版年:2007.06
ISBN :9784488725037


 現在から見れば遥か未来の物語であり、体裁としてはそのさらに未来から確定した過去の歴史として記述された歴史書。『銀英伝』の第3巻である。

 腐敗した貴族を実力で排除し、幼い皇帝の下、22歳にして中央集権国家・銀河帝国の宰相となり、軍事・政治の双方の最高位を手に入れ、事実上の支配者となったラインハルト。

 最大の理解者である、最愛の姉と無二の親友兼腹心を失い(注:死んだとは限らない・・・)、孤独に苛まれながらも、少数の貴族を支えるために長年搾取され続けてきた大多数の平民のために、国家の旧弊を改めていく。

 一方、先年の大敗戦や軍事クーデターの騒乱で疲弊した民主主義国家・自由惑星同盟にあって「不敗の魔術師」の異名を取るヤン・ウェンリーは、突然査問委員会に召喚され最前線にして最大の要衝地であるイゼルローンから首都星へ赴く。

 そして、卓越した指揮官を欠くイゼルローンを、銀河帝国が思いも寄らぬ方法で急襲し、あわや陥落の危機を迎える。イゼルローンの陥落は、すなわち自由惑星同盟全体の敗北に繋がりかねない。

 クーデターの後、国家元首としての立場を巧妙に強化したトリューニヒトとその一派で占められた軍部新首脳たちの自己保身に由来する身勝手な嫉妬と恐怖=ヤンがその人気と実力で自由惑星同盟の支配者になろうと画策するのではという疑念が招いた愚かな事態であった。

 自由民主主義を標榜するはずの自由惑星同盟における、まるで中央集権国家のようなトリューニヒト派の専横ぶりがなんとも皮肉である。

 それにしても、このシリーズのおける登場人物の多彩さは本当に素晴らしい。三国志や水滸伝ほどではないにしても数は多いし、キャラの書き分けでは北方中国歴史小説より上である。そして、組織と個人、権力者・為政者、戦争、歴史に対する、時に辛辣なほど冷徹な視線にも感心&同意する。この雌伏篇が最初にトクマ・ノベルズから刊行されたのは1984年で、著者が30歳を少し越えた頃なのに、ここまで書けるなんて・・・。

 さて、およそ高級軍人らしからぬ性格・言動のヤンと周囲の人物たちの関わりは、この小説にユーモアを添えているのだが、今回はヤンの保護下にある少年ユリアン(戦争孤児)が初陣を飾る。

 ヤンの被保護者でありながら、生活面では逆にヤンの保護者であるかのようなユリアンはヤンを敬愛し、自分も軍人になりたいと考えていた。実は後年、ヤンやラインハルトにも匹敵する能力の持ち主であることが明らかになるのだが、軍人でありながら軍人を嫌うヤンは、彼が軍人になることには反対していたのだ。このあたりのヤンの葛藤と2人の遣り取りは微笑ましい。

 ユリアンの成長物語としても今後が楽しみなのである。

銀河英雄伝説1 黎明篇
銀河英雄伝説2 野望篇

 次は、『真夜中の五分前 side-A』(本多孝好・著/新潮文庫)。
posted by ふくちゃん at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | SF

2007年07月03日

水滸伝・九 嵐翠の章


水滸伝 9
著者名:北方謙三(著)
出版社:集英社
出版年:2007.06
ISBN :9784087461640


 「女ひとり救えなくて、なんの志か。なんの夢か」

 騎馬隊を率い、天下無双の槍の腕で、縦横無尽の活躍を見せてきた林冲。だが、死んだはずの妻・張藍が生きているという情報に、ただ1人戦場を離脱し、救出へ向かうが・・・。

“罠だった。しかし、後悔はしていない。張藍のためと思って、ここまで来たのだ。誰のためでもない。張藍のためだった。”

 上の描写はハッキリ罠だと分かった直後のものだが、恐らく林冲は最初から罠だと分かっていたし、罠でも構わないと思いながら、飛び込んできたのだろう。

 そこが、熱い。

 かつて共に脱獄した安道全と白勝の友情も熱い!

 今回は、宋側も遂に地方軍だけでなく、中央軍が大規模に(といっても軍全体から見ればまだまだ小さい)動き出す・・・今回は陽動だけだが。そして、梁山泊の財源となってきた「闇塩の道」もピンチ。

 これまで本格的な相手は青蓮寺だけだったが、ゆっくりとではあっても宋という国全体が動き始め、戦いは国(宋)と国(梁山泊)との全面抗争の様相を呈しつつある。どちらかというと梁山泊がやや劣勢ながらギリギリすり抜けている感じ。緊迫感漂うなぁ。

 そのほか、王進の元で修行を続けてきた鮑旭と馬麟はついに梁山泊へ。そして真に強い男になるために、楊令が王進の元へ。

 林冲の危機絡みで、そして盧俊義の危機絡みで新たな仲間が加わる。

 秦明と公淑のちょっとイイ話もある。

 というわけで、今回もテンコ盛りの展開。

 そして、この巻の最後で死ぬのはあの人。これまた呆気ないがゆえに、印象的な死のシーンだった。

水滸伝・一 曙光の章
水滸伝・二 替天の章
水滸伝・三 輪舞の章
水滸伝・四 道蛇の章
水滸伝・五 玄武の章
水滸伝・六 風塵の章
水滸伝・七 烈火の章
水滸伝・八 青龍の章


 次はSF大河『銀河英雄伝説3 雌伏篇』(田中芳樹・著/創元SF文庫)。
posted by ふくちゃん at 00:10| Comment(3) | TrackBack(2) | 歴史・時代小説