2006年10月31日

真相


真相
著者名:横山秀夫(著)
出版社:双葉社
出版年:2006.10
ISBN :4575511005


 日曜日には読み終わっていたのだが、なんだかんだで・・・。

 横山秀夫氏の警察小説(あるいは警察「内部」小説とでも呼ぶべきか)『動機』、『陰の季節』はとても面白かった。

 御巣鷹山の日航ジャンボ機墜落を取材・報道する新聞社の内部を描いた『クライマーズ・ハイ』もなかなか良かった。

 だが、評判の高い『第三の時効』、『半落ち』はピンと来なかった。

 横山氏の小説を読んで、僕が面白いと感じるのは、追い詰められた人間の懊悩・焦燥・葛藤や綺麗事だけでは済まされない組織社会の人間関係が描かれている作品だ。

 独立した5つの短篇を収録したこの『真相』も、全ての作品にヒリヒリするような切迫感や狂気が滲み、それが一種の切なさを感じさせて、読み応えがある。

 全く救いのない結末を迎える『18番ホール』。そして、一見ささやかながらも救いのある結末(実はそんなことない)にも思える『真相』、『不眠』、『花輪の海』、『他人の家』。

 いずれも、上手く余韻を持たせる終わり方をしているから、読後感は悪くないのだが、この5作品の主人公のような人生は、絶対に送りたくないと思う。

 残酷で怖い作品集である。読むのは楽しいが、フィクションの世界だけにしておきたいものだ。


 だだ今は『水滸伝・一 曙光の章』(北方謙三・著/集英社文庫)を読破中。
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2006年10月28日

動物園の鳥


動物園の鳥
著者名:坂木司(著)
出版社:東京創元社
出版年:2006.10
ISBN :4488457037


 『青空の卵』、『仔羊の巣』に続く第3弾にして、「ひきこもり探偵」シリーズ最終作。前2作は連作中短篇集、本作は長編である。

 このシリーズの個性は、まず主人公2人の設定とその関係性にある。

 誰にも媚を売らずに、独り静かに自分の足だけで真っ直ぐ立っているような生き方(これには彼の生い立ちが関係している)と、その切れる頭ゆえにいじめに遭い、孤立した苦しい日々を過ごした中学時代のトラウマで極度の人間嫌い・外出嫌い、仕事も人と接する機会が極端に少ない在宅のコンピュータプログラマー、探偵役の鳥井真一。

 周囲から浮かないように妥協と迎合を繰り返す平凡で「お人好し」の自分とは違う鳥井に憧れ、いじめられていた彼にただひとり手を差し伸べたクラスメイト、そして今や鳥井の唯一絶対の親友であり、彼を外の世界とわずかに結ぶ窓口、外資系保険会社に勤めるサラリーマンで、鳥井の元に自分の身の回りの「事件」を持ち込む坂木司。

 普段の鳥井は相手が誰であれ(坂木であっても)、そしてその人の地位や年齢がどうであれ、愛想もなく、敬意もなく、クールでぶっきらぼうな言動を貫いている(それは虚飾の無さであると同時に、生きるための仮面でもある)が、坂木に元気がなかったり、その原因が自分にあるのではないかと思ったりすると、不安のあまり一気に子供のような状態に退行する。

 坂木は大学卒業後、そんな精神的な脆さを抱える鳥井の側に少しでも長くいることができ、彼の社会復帰のために一緒に外出する時間をなるべく多く持つことができる、つまり仕事さえきっちりこなしていれば長時間労働とも無縁で休みもしっかり取れる、現在の勤め先を選んだ。坂木が同僚や顧客の「事件」を鳥井の元に持ち込むのは、その頭脳が頼りになるからだけでなく、それが鳥井と外の世界との新たな接点になると思うからだ。

 この何はともあれ、お互いを最優先させる2人の関係は、単なる「友情」だとか「親友」だとかを超えて、一種の「共依存」のようでもある。これには拒絶反応とまでいかなくても、ちょっと引いてしまう読者もいるかも知れない。僕もそうだった。

 しかし、本作では、その要素はかなり薄くなっている。それは、第1巻から様々な事件に関わり、そのひとつひとつを解決するたびに新たな友人を獲得し、2人だけだった狭い世界が広がりを持ってきたことによるものだ。

 この毎回新たな人物が登場し、しかもその多くがその後もずっと2人に関わり続けるという点が、本シリーズの魅力のひとつである。それも老若男女多彩なキャラクターである点がまた良い。チャキチャキの江戸っ子で昔気質の職人・木村栄三郎(鳥井は彼を「じじぃ」とか「栄三郎」とか呼ぶ)のファンになる読者も多いだろう。もちろん、僕もそのひとり。

 こうして多くの人との出会いを通じて、坂木がある決断に至り、2人の関係が共依存ではない真の友人関係へと変わる予感、そして鳥井が外の世界に踏み出す予感を漂わせて、このシリーズは終わる。

 と書くとネタバレになりそうだが、この結末自体は当初から予想されることなので、シリーズの面白さを損なうことにはならないだろう。

 扱う「事件」はいわゆる「日常の謎」系だが、その論理や着眼は確かだし、人間心理の襞、人間関係の綾を切り取る手並みは鮮やか。著者は僕より2歳年下だが、少し気恥ずかしいぐらいの、生きることへの前向きでピュアな感性(ご本人も「青臭い」ところがあると認めておられる)がそこかしこに顔を出す。ここで描かれる人間観・人生観にどこまで共感できるかで、読む人の精神的な真っ直ぐを測ることができる気がする(気がするだけだ)。

 あと、鳥井の作る料理が毎回美味しそうだと思っていたら、巻末に厳選レシピの特別付録。これは嬉しい。「黒七味のペペロンチーノ」「梅酒が隠し味のドレッシングのサラダ」はぜひやってみたい(この特別付録にもさらに仕掛けが・・・。それは読んでのお楽しみ)。

 僕にとって、料理が美味しく描かれている作品は、それだけで満点。先日挙げた僕の「時代・歴史小説オールベスト」の中の『鬼平犯科長』『剣客商売』『初ものがたり』もそういう作品である。

 長くなった。

 次は、『真相』(横山秀夫・著/双葉文庫)。
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2006年10月24日

切り裂きジャック・百年の孤独


切り裂きジャック・百年の孤独
著者名:島田荘司(著)
出版社:文藝春秋
出版年:2006.10
ISBN :4167480042


 「切り裂きジャック」といえば、誰でも一度は耳にしたことがあるのでは・・・。

 1888年、イギリス・ロンドンで実際に起こった猟奇的な連続殺人事件。犯人は捕まらず、多くの謎を残したまま未解決である。

 ・・・って、あんまり知らんけど。

 この小説は、その100年後の1988年、ドイツ・ベルリンで起こった瓜二つの事件(←フィクション)を描く章と「切り裂きジャック事件」を描く章が交互に展開され、やがてその2つが絡み合いながら、双方の事件の真相に辿り着くという、意欲的な試みのミステリ。

 もちろん「切り裂きジャック事件」の真相は永遠の闇の中だが、有り得る真犯人像であると思う。ミステリとして面白いかどうか、納得できるかどうかは意見の分かれるところだろうが。

 きっと、この事件を推理・追究したノンフィクションなんかを読んでから、これを読むともっと面白いだろう。

 被害者の殺害状況を逐一説明するあたりは、「虚」の部分も「実」の部分もグロい。こういう臓物系の描写は苦手である。ホルモンは好きなのだが・・・。

 この作品の刊行は1988年。文庫本は1991年に集英社から発売されており、今回の文春文庫版は加筆・修正を加えた再発である。島田荘司氏の作品を読んだのは初めて。いずれ、かの有名な名探偵・御手洗潔シリーズも読んでみるかな。


 次の読書予定は、『動物園の鳥』(坂木司・著/創元推理文庫)。
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2006年10月21日

NO.6 #1


NO.6 #1
著者名:あさのあつこ(著)
出版社:講談社
出版年:2006.10
ISBN :4062755238


 『バッテリー』シリーズで人気のあさのあつこ氏によるSFタッチの「近未来サバイバル小説」。


 2013年の日本のどこか。快適で、清潔で、安全で、「管理」の行き届いた未来都市《NO.6》。その高級住宅街《クロノス》に住めるのは、選ばれたエリートとその家族だけ。

 2歳児検診で知能「最高ランク」と判定された紫苑(しおん)もまた、母親と共にクロノスに住み、将来を約束された身であった。

 この整いすぎた理想都市に満足できないでいる紫苑は、12歳の誕生日にやってきた台風の荒々しさに魅了され、窓を開けて、反対側の壁にある環境管理スイッチを切る。

 振り返ると、そこに1人の少年がいた。

 彼は犯罪者であり、矯正施設からの逃亡者だった。本来なら市当局へ通報するのが市民の義務。それでなくとも、環境管理スイッチをONにすれば、「異物探索システム」にひっかかり、自動的に通報される。

 しかし、紫苑は「ネズミ」と名乗るその少年の、追い詰められ傷ついた弱々しい姿に、彼を匿うことを決意する。

 ・・・2017年。16歳の紫苑は、エリートのための「特別コース」に進学できず、労働者のための技術コースに通いながら、公園で働いていた。あのとき匿った少年は翌朝に姿を消したが、紫苑は犯罪者を隠匿したことにより、母親ともどもクロノスを追われ、特別待遇も全て剥奪されたのだった。

 ある日、公園で1人の男が急死した。31歳だったはずのその男は、急速に老化して死亡し、死後硬直もその緩解も通常の何倍もの速さという異常な死であった。

 そして、日を置かずして、先輩職員が目の前で全く同じ死に方をし、紫苑はその死体を食い破って逃げ出す蜂のようなものを目撃する。

 ところが、駆けつけた市の治安局は、なぜかこの2件の死亡事件の容疑者として、紫苑を拘束。矯正施設へ連行しようとする。実は、紫苑はあの日以来、市の統制に従わない危険人物としてマークされていたのである。

 間一髪、現われたネズミによって助けられ、《西ブロック》に逃げ延びた紫苑。そこは見捨てられた人々の住む見捨てられた場所、NO.6のためのゴミ捨て場だった。

 あの2人の死亡の原因は?

 なぜ、ネズミはNO.6を壊滅させようとするのか?

 「(NO.6は)宿主にとりつき、栄養分を吸い上げ、やがてすべてを食い尽くす。そういう街なんだ。パラサイトシティ、寄生都市さ・・・」というネズミの言葉の意味は?

 そして、犯罪者として追われることになった紫苑の運命は?


 一見、完全無欠に見える社会が、一皮向けば残酷な素顔を持っている・・・という設定自体はSFでは珍しくないだろう。

 というわけで、本格的なSFファンから見れば物足りないかも知れないが、僕は別に本格的なSFファンではないので、十分楽しめた。早く続きが読みたい。単行本は#5まで出ているが、文庫本の#2発刊は来年2月。インターバルが長すぎる〜!


 次は、『切り裂きジャック・百年の孤独』(島田荘司・著/文春文庫)。
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2006年10月18日

枯葉色グッドバイ


枯葉色グッドバイ
著者名:樋口有介(著)
出版社:文藝春秋
出版年:2006.10
ISBN :4167531046


 樋口有介氏は、決してメジャーな作家ではないと思うのだが、どうだろう?

 樋口氏には、私立探偵兼フリライターの柚木草平を主人公とする『彼女はたぶん魔法を使う』(90年)、『初恋よ、さよならのキスをしよう』(92年)、『探偵は今夜も憂鬱』(92年)という作品がある。一応は人気シリーズと言われ、TVドラマ化(いわゆる2時間サスペンスだったと思うが・・・)されているのだが。

 その昔、『彼女は〜』と『初恋よ〜』を読んで(かなり甘めのハードボイルド・ミステリだったと記憶しているが・・・)、結構良かったと思うのだが、世間的にはこのシリーズも、その後の様々な著作もあんまり話題になっていないような気がする。僕自身もこの2作以外は読んでいないか、読んだとしても忘れている。

 で、本作である。

 まず、文庫本裏面の紹介文を読んで、興味を思った。


「誰もがなりたくないと思い、それでいて誰もがなれてしまう。そこがホームレスの面倒なところだな」。代々木公園のホームレスで元刑事の椎葉明郎は、女性刑事、吹石夕子に日当二千円で雇われ、一家惨殺事件の推理に乗り出す。考えるホームレス、椎葉の求めた幸せとは?ハートウォーミングな長篇ミステリ。


 警視庁きっての優秀な刑事だったのに、ある不幸な事件で世を捨ててホームレスになった男が主人公、という設定が面白そうだなと。

 今までにない設定の探偵である。いや、あるかも知れないが・・・。僕はとにかく知らないので、新鮮な設定だった。

 あと、巻末の池上冬樹氏の解説によると、著者自ら最高傑作と言っているということだったので。

 余談だが、池上氏は僕のあまり好きじゃない(ハッキリ言うと嫌いな)評論家の1人である。評論家の中には、書評や文庫本の解説で歯の浮くような賞賛・絶賛の文章を書く人が何人かいるのだが、池上氏もその1人。あくまで僕の感性では、ということだが。

 で、とにかく読んだ。

 当たりだった。

 謎も伏線もあるが「ミステリ」というよりも、やはりハードボイルドという感じだ。ジャンルなんて便宜的なものだから、どうでもよいと言えば、どうでもよいが。

 優れたハードボイルドには、良いセリフ・良い会話(お洒落orクスッと笑える)、ほどよい感傷、主人公独特の哲学がある。


「ふーん、今日はずいぶん、化粧が濃いじゃないか」
「紫外線よけのファンデーションです」
「女も歳をとると小道具に金がかかるな」
「どうせ素面(すっぴん)では、女子高校生には敵いませんよ」
「小皺も肌のくすみも、人生の哀感がにじみ出て、お洒落だぞ」
「そんなもの、にじませたくありません」
「年齢の澱(おり)は天国への通行証、無駄な抵抗はせず、運命に身を任せることだ」


 ・・・まあ、実生活ではこんな会話はなかなかできそうにない。しかし、これが小説のよいところである。リアルだけを求めるなら、小説を読む必要などないのだから。

 この作品、これ一作で終わるとしたら、ちょっとモッタイナイ。ぜひシリーズ化して欲しいものである。

 ところで、最近『彼女は〜』と『初恋よ〜』が、創元推理文庫から再刊された(元は講談社文庫)。ハードボイルド嫌いの人にもわりと取っ付き易いと思う(保証せず)ので、ご一読を。


 次に読むのは、バッテリーシリーズで人気(僕も愛読)の、あさのあつこ氏によるSF(かな?)、『NO.6』(講談社文庫)。
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2006年10月15日

手紙


手紙
著者名:東野圭吾(著)
出版社:文藝春秋
出版年:2006.10
ISBN :4167110113


 今日は「幸福のスイッチ」という映画を観るつもりだったのだが、上映時間を勘違いしていて、劇場に着いたのはギリギリ。「立ち見になります」と言われてスゴスゴ引き返した(泣)。

 その行き帰りの電車で、この『手紙』を読み終えた。
 
 東野圭吾氏は、多作の上に作風も幅広く、ハズレが少ない。ストーリーテリングが巧みで、文章は平易で読みやすく、長いものでもあっという間に読めてしまう。

 僕にとっては、深く感銘を受けて「いつまでも忘れられない」とか、「本棚にいつまでも残しておきたい」というタイプの作家ではないが、圧倒的なリーダビリティでページをめくる手が止められない、読んでいる最中は「次はどうなるんだろう?」と楽しませてくれる存在である。


 幼い頃に両親を次々と亡くした2人の兄弟。兄・剛志(つよし)は、弟・直貴の大学進学費用のために肉体労働で稼ぐが、無理が祟って体を壊してしまう。

 一転して、普段の生活費さえ苦しくなった中、何としても弟のためのお金が欲しいと思い詰めた剛志は、独り暮らしの資産家の老婆の家に盗みに入るが、老婆に目撃されてしまい、突発的に殺人を犯してしまう。

 刑務所に入った剛志からは、毎月1回だけ、弟を想う手紙が直貴の元に届く。

 だが、直貴は高校こそなんとか卒業できたものの、バイト先で、就職先で、やっと生きがいを見つけたと思ったバンドで、苦労して進学した大学で、恋愛で、そして再び就職した職場で、「強盗殺人犯の弟」ということがバレる度に、目の前の幸せが逃げ、人間関係も崩れていく。


 罪とは何か、刑とは何か、罪を購うとはどういうことなのか、犯罪者の家族はどのように生きていけば良いのか、身内に犯罪者を抱えるとはどういうことなのか。

 直貴が強盗殺人犯の弟だと分かったときに周囲の人間が取る態度を、読者である我々が安全な場所から「卑怯だ」「冷たい」と非難することは容易い。だが、この小説は、そんな安易で薄っぺらな正義感を拒否している。

 重たい小説である。

 しかし、読んでいる間は面白いし、切迫感もあるし、それなりに感動的なシーンもあるのだが、読み終わるともうひとつ心に引っかからない。何でだろう?

 もし、同じ作品を宮部みゆき氏や高村薫氏や天童荒太氏が書いていたら、どうだっただろうか。別に東野氏が、宮部氏・高村氏・天童氏より劣るとは思わないのだけど。

 この作品は映画化され、11月に公開される。兄・剛志は玉山鉄二君、弟・直貴は山田孝之君、もう1人の重要な登場人物・由美子は沢尻エリカさんが演じるということで、この3人を頭に思い浮かべながら読んだのだが、しっくりこなかった(笑)。

 小説のラストシーンは、映画では使えないだろう。映画はどんな風に終わらせるのか、ちょっと気になる。観に行こうかな。

 「幸福のスイッチ」は来週観よう。

 次に読むのは、『枯葉色グッドバイ』(樋口有介・著/文春文庫)。
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家守綺譚


家守綺譚
著者名:梨木香歩(著)
出版社:新潮社
出版年:2006.09
ISBN :4101253374


 梨木香歩氏の著作は読んだのは『西の魔女が死んだ』が初めてで、その次が『裏庭』。少女の祖母との交流と成長を描いた前者、やはり少女を主人公にファンタジー色の強い後者、どちらもとても良かった。

 で、3冊目が、この文庫最新刊の『家守綺譚』。前に読んだ2作とは全く違う作風だったので(心が「しん・・・」とするような静謐さを感じさせるという共通点はあるけど)、「こんな作品も書けるんだぁ」と感心。

 
 舞台は100年前の滋賀県のどこか。しがないモノ書きである主人公・綿貫征四郎は、学生時代に亡くなった親友・高堂の実家に、「家守」として住むことになる。年老いた高堂の両親は、嫁いだ娘の家で厄介になることにしたのである。「家守」だから、少ないながら月々のお金も頂戴できる。

 意に染まぬ英会話学校の講師など辞めて、文筆業に精を出せるとばかりに、征四郎は早速この話に飛びついた。

 ある日、床の間の掛け軸の中から、死んだはずの高堂がボートに乗ってやってきた・・・。


 登場するのは征四郎と高堂のほかに、怪しげな長虫屋、近所のお寺の和尚、隣の家のかみさん、妙に人間味のある犬・ゴロー、そして征四郎に「懸想している」サルスベリ、河童、小鬼、人魚、人を化かす狸などなど。

 不可思議で幻想的な出来事が次々と起こるが、筋立てらしい筋立てはない。なぜ、そんなことが起こるのか、登場人物たちも大して気にしないし、作者も説明しない。ストーリーはどこにも行かないし、教訓もメッセージもない。誤解を恐れずにいえば“感動”もない。

 それでいて、モノ静かで、のびやかで、なんとなく心楽しい物語である。

 ちなみに、この作品は征四郎が書いた文章という体裁を取っている。もちろん、実際の作者は梨木香歩氏だが、読んでいるうちに何だかそのことを忘れてしまい、本当に征四郎の文章を読んでいるような気持ちになってくる。

 各章のタイトルには「白木蓮」「都わすれ」「南蛮ギセル」「葛」「南天」「サザンカ」など植物の名前が使われ、その章の中でその植物が印象的に描写されているのも良い。

 梨木氏は、イマジネーション豊かな作家である。残りの作品も全部読んでいこう。


 お次は『手紙』(東野圭吾・著/文春文庫)だ。
posted by ふくちゃん at 00:29| Comment(6) | TrackBack(5) | ファンタジー・幻想文学

2006年10月11日

脇役 慶次郎覚書


脇役
著者名:北原亞以子(著)
出版社:新潮社
出版年:2006.09
ISBN :4101414203


 かつては「仏の慶次郎」と謳われた名うての南町同心、今は息子に職を譲って悠々自適の商家の寮番、森口慶次郎が主人公の人情味溢れる時代小説(一応、捕物ということになるのかな?)『慶次郎縁側日記』シリーズのスピン・オフ。

 『縁側日記』にレギュラー出演する「脇役」たちを「主役」に据えた連作集である。『縁側日記』愛読者には嬉しいプレゼント。

 著者の北原亞以子氏は、宇江佐真理氏と並んで、作品を読むたびに「上手いなぁ・・・」と唸らされる女流時代作家。時に上手すぎることが不満に思えてしまうぐらいである。

 説明しすぎず、それでいて人の心の機微をしっかり描き出すところが素晴らしい。『縁側日記』なんて、ほとんど慶次郎が表に出てこない話もあるが、それもまた味があって良いのだ。

 とはいえ、本作は『縁側日記』を読んでいない人には、あんまり面白みはないだろう。あくまでファン向きの一冊。


 ところで、若い頃は歴史・時代小説なんて中年の読み物だと思って敬遠していたが、いざ中年になって読んでみたら、面白いのだった。こんなに豊かな世界なら、若いうちから読んでおけば良かった・・・とも思ったが、やはりそれなりに年を取ったから面白いと思えるのだろう。

 既に中年だけど歴史・時代小説は読んだことない方、今すぐご一読を。まだ若い方、35歳ぐらいになったら、読んでみよう!

 ちなみに、現在の僕の歴史・時代小説のオールタイム・ベストは、

『鬼平犯科帳』(池波正太郎・著/文春文庫)
『剣客商売』(池波正太郎・著/新潮文庫)
『初ものがたり』(宮部みゆき・著/新潮文庫)
『用心棒日月抄』(藤沢周平・著/新潮文庫)
『竜馬がゆく』(司馬遼太郎・著/文春文庫)
『火怨 北の耀星アテルイ』(高橋克彦著・講談社文庫)
『三国志』(北方謙三・著/ハルキ文庫)
『天空の舟 小説・伊尹伝』(宮城谷昌光/文春文庫)
『沈黙の王』(宮城谷昌光・著/文春文庫)

である。どれを読んでも損はさせない。ぜひ!


 さて、次は「家守綺譚」(梨木香歩・著/新潮文庫)を読もう。
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2006年10月09日

猟犬探偵


猟犬探偵
著者名:稲見一良(著)
出版社:光文社
出版年:2006.09
ISBN :4334741258


 宝島社の2006年版「この文庫がすごい」で堂々の第2位となった中短篇集『セント・メリーのリボン』。その表題作『セント・メリーのリボン』で登場した「猟犬探偵」竜門卓と狼のような風貌をした相棒の犬ジョーの仕事ぶりを描く連作集である。

 「竜門猟犬探偵舎」が請け負う仕事は、何らかの理由で失踪した猟犬を探し出すこと。祖父の死により相続した大阪府能瀬の3万5千坪の山の中で貧乏暮らしをしながら、自身も猟を嗜む。寡黙で、タフで、弱い者に優しく、長いものには巻かれない。体を鍛え、自らに課した規範に則って、プロの仕事に徹するが、自分の矜持を守り、他人の誠実さに応えるためには、時にビジネスを超えて行動する・・・。

 竜門はくたびれた中年男でもあるが、男のひとつの理想像だと思う。女性の読者には意外に受けないような気がするが、どうだろう?

 「狩猟」をモチーフにした、ハートウォーミングなハードボイルド『猟犬探偵』は、『セント・メリーのリボン』共々10年ほど前に新潮文庫から一度発刊されたものである。著者の稲見一良氏は1994年にガンで逝去されているので、このシリーズの続きを読むことはできないが、地味ながらも上質な物語が再び我々の前に現われたのは幸福というほかはない。

『野生動物への愛惜、銃や武器への執着、野外自然への憧憬をこめて、ぼくは狩りの話を書いていきたい。<狩猟小説>という呼び名があるかどうか知らないが、ハードボイルドの厳しさと感傷を底流にした闘争の話を書こう』

 デビュー作『ダブルオー・バック』(未読)のあとがきでこのように語ったという著者の、山本周五郎賞を受賞した『ダック・コール』(ハヤカワ文庫)は、まさにこの言葉通りの珠玉の作品集である(3度読み返した)。ぜひ、併せてご一読を。

 稲見氏の他の作品も、ぜひ再刊していただきたいものである。

 さあ、次は『脇役 慶次郎覚書』(北原亞衣子・著/新潮文庫)を読むぞ。
posted by ふくちゃん at 02:04| Comment(4) | TrackBack(3) | ハードボイルド

2006年10月05日

グラン・ヴァカンス


グラン・ヴァカンス
著者名:飛浩隆(著)
出版社:早川書房
出版年:2006.09
ISBN :4150308616


 会員制のヴァーチャル・リゾート「数値海岸(コスタ・デル・ヌメロ)」。

 そこには様々なAI(人工知能)が生活する「区界」が存在し、現実世界に生きる人間達は「ゲスト」として様々なロール(AIの夫・妻・息子・娘・友人etc)を纏ってログインし、リゾートを楽しむのだ。

 南欧の田舎町を模した「夏の区界」では、理由不明のままゲストの訪問が完全に途絶えて既に1000年。AI達は永遠の夏の町で、人間を歓待する役目を果たさぬまま、平穏な毎日を過ごしていた。

 しかし、ある日ランゴーニという強大なAIが「蜘蛛」というプログラムを率いて襲いかかり、「夏の区界」の町を、そこで暮らす人々(AI)を崩壊させ始めた。

 わずかに生き残ったAI達は、チェスの天才少年ジュール、ジュールが思いを寄せる少女ジュリー、逞しい女漁師アンヌ、アンヌの右腕でありジュリーの想い人ジョゼ、盲目のレース編みイヴ、三つ子の姉妹アナ、ドナ、ルナ、防衛戦の砦として選んだ「鉱泉ホテル」の支配人ドニなどを中心に、絶望に満ちた戦いを挑む・・・。

 
 「数値海岸」や「夏の区界」を作ったのは誰か?突如としてゲストが訪れなくなる「大途絶(グランド・ダウン)」はなぜ起こったのか?「ランゴーニ」とは何者で、なぜ「夏の区界」を破壊にやって来たのか?ランゴーニでさえも恐れる存在「天使」とは何なのか?

 多くの謎を孕みつつストーリーが展開していく「廃園の天使」シリーズの第1弾。

 著者の飛浩隆氏が巻末に記した「ノート」にはこう書かれている。

 『ここにあるのはもしかしたら古いSFである。ただ、清新であること、残酷であること、美しくあることだけは心がけたつもりだ。』

 まさに、この言葉の通りの小説。

 面白い。

 登場人物は「人物」ではなく、「AI」つまりプログラムに過ぎないが、つい感情移入してしまう。まあ、小説とはそもそもヴァーチャル世界であるわけだが・・・。
 
 オススメ。

 10月下旬には第2弾『ラギッド・ガール』が発売される。「数値海岸」成立の背景、ランゴーニの誕生などが語られる中短篇集だそうである。さらに、第3弾として「昭和50年代の日本の地方都市」を模した区界を舞台にした学園モノ(!)、『空の園丁(仮題)』も準備されているとか。

 楽しみ!

 どちらも文庫化を待てずに買ってしまいそうだ。

 ちなみに、同じ著者による豊穣なSF中短篇集『象られた力』(ハヤカワ文庫)も非常に良い。


 話が逸れるが、過去に読んだ最近のSF作品では、菅浩江氏の『博物館惑星 永遠の森』(ハヤカワ文庫)が超オススメ!あまりSFを読まなかった僕のSF観を変えた叙情的で美しい物語。


 さあ、次は『猟犬探偵』(稲見一良・著/光文社文庫)を読むぞ!
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2006年10月01日

孤独か、それに等しいもの


孤独か、それに等しいもの
著者名:大崎善生(著)
出版社:角川書店
出版年:2006.09
ISBN :4043740034


 大崎善生氏の小説で文庫化されたものは、今のところ全部(と言っても4冊だけ)読んでいるが、いちばん良くなかった。

 特に「八月の傾斜」「だらだらとこの坂道を下っていこう」「孤独か、それに等しいもの」の3篇は、技巧的に過ぎるというか、こねくり回したような文章表現や比喩があり、ちょっとそこが辛かった。無理して独自性の高い表現を使おうとしているように思えた。自然な表現を使えばもっと良くなるのに・・・。
 
 あと、「だらだらとこの坂道を下っていこう」はタイトルが良くないと思う。このタイトルのおかげで読み出してすぐ、どんな感じの結末になるのか予想できてしまって、もったいない。

 最後の2篇「シンパシー」「ソウルケージ」はgood。


 大崎氏の文庫作品4冊の僕の中での順位は、

1位 パイロットフィッシュ
2位 九月の四分の一
3位 アジアンタムブルー(映画化!)
4位 孤独か、それに等しいもの

というところ。


 「喪失感」漂う大崎作品は、村上春樹氏の初期作品が好きな方なら、気に入るのではないだろうか。
posted by ふくちゃん at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛小説