2010年03月21日

魚舟・獣舟


魚舟・獣舟
著者名:上田早夕里(著)
出版社:光文社
出版年:2009.01
ISBN :9784334745301


 SF短編集。

 SFとは、無論サイエンス・フィクションのことだが、むしろサイエンス・ファンタジーとでも呼びたい作品も多い。本格ハードSFは文系アタマには辛い部分もあるのだが、この手の作品ならそう苦労せずに読める。

 で、この作品は書店で見かけたときに、どこかで(どこだ?)自分の頭に引っかかってた作品だな・・・と思い出したのと、帯に並ぶ称賛の言葉に惹かれて買った。

 帯に称賛なり推薦なりの言葉が並ぶのは普通だが、曰く「年間ベスト級の傑作だ」「後半の中編は、人物造形において日本SF史上屈指の力技だ」「SF的なアイデアと作中のドラマが高いレベルで融合」などなど・・・。その言葉に偽りなし。


・内容
現代社会崩壊後、陸地の大半が水没した未来世界。そこに存在する魚舟、獣舟と呼ばれる異形の生物と人類との関わりを衝撃的に描き、各界で絶賛を浴びた表題作。寄生茸に体を食い尽くされる奇病が、日本全土を覆おうとしていた。しかも寄生された生物は、ただ死ぬだけではないのだ。戦慄の展開に息を呑む「くさびらの道」。書下ろし中編を含む全六編を収録する。
(「BOOK」データベースより)


 とても面白いし、独創性に満ちた、レベルの高い作品集。これだけ「人間」を描いたSFはそう無いのでは。作品によっては、<幽霊>や<妖怪>が何の違和感もなく登場するし、ヴァリエーション豊かだ。

 一篇一篇を紹介したいところだが、読んだ時の驚きと新鮮さを損なうと思うので、自粛。短編だと、紹介=ネタバレになりかねないし。

 最後の書き下ろし中編『小鳥の墓』は、これだけで1冊の文庫本として売り出せる長さ。だから、この作品だけは設定を明かしておくと、火星の街で女性ばかりを対象に連続殺人を重ねて(一種の快楽殺人だ)、逃亡する男の少年時代の回想物語。

 彼はかつて地球の<ダブルE地区>=<教育実験都市(=Educational Experiment City?)>に両親と共に住んでいた。それは、子供の健全な成長のために、数々の規制がかけれ−例えばネットでアクセスできる情報もフィルタリングされ、漂白されたものだけ−、周囲の普通の街からは隔絶された世界。高い競争率を突破した、模範的な親と模範的な子供だけが、安全快適な環境で生活する「小綺麗だが生気に乏しい都市」だ。彼は、ダブルE区の住人でありながら違法手段で<外>に抜け出して脱法行為を繰り返す非行少年・勝原と出会う。彼らの鬱屈、<ダブルE区>と<外>の実態、脱法行為の結末、そして主人公の殺人者への転向・・・読ませる。

 解説によると、この『小鳥の墓』の主人公は、著者のデビュー作にして、第一長編『火星ダーク・バラード』(ハルキ文庫)の重要な脇役らしい。よし、『火星〜』も読むぞ。あと、第二長編『ゼウスの檻』(角川春樹事務所)ともリンクしているらしい。それも、文庫になったら買おう。

 ついでに、表題作の超独創SF『魚舟・獣舟』と同じ世界を舞台にした別長編も2010年以降に予定されているらしい。そちらも愉しみだ。

 著者の他の作品には、『ラ・パティスリー』『ショコラティエの勲章』といったお菓子小説(?)も(後者はミステリ)。これも気になる。


 次は、『Story Seller』『Story Seller2』(新潮社ストーリーセラー編集部・編/新潮文庫)。
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2010年03月17日

居眠り磐音江戸双紙 万両ノ雪/朧夜ノ桜


居眠り磐音 江戸双紙 万両ノ雪
著者名:佐伯泰英(著)
出版社:双葉社
出版年:2007.08
ISBN :9784575662924



朧夜ノ桜
著者名:佐伯泰英(著)
出版社:双葉社
出版年:2008.01
ISBN :9784575663143


 あっという間に読めるから、いつもの如く、2冊読み。


・万両ノ雪 内容
師走の喧騒が江戸に漂う頃、筑前若松を発った坂崎磐音とおこんは帰府の途次にあった。一方、南町奉行所年番方与力の笹塚孫一は、厄介な事態に直面していた。六年前、笹塚が捕縛した男が島抜けし、江戸に向かったというのだが・・・。春風駘蕩の如き磐音が許せぬ悪を討つ、著者渾身の書き下ろし痛快長編時代小説第23弾。
(「BOOK」データベースより)

・朧夜ノ桜 内容
梅香漂い、江戸が小正月を迎える頃、佐々木磐音はおこんとともに麻布広尾村に出向いていた。御典医桂川国端と織田桜子の祝言への列席であったが、折しも、界隈で横行する不逞の輩が花嫁行列を塞ぎ・・・。春風駘蕩の如き磐音が許せぬ悪を討つ、著者渾身の書き下ろし痛快長編時代小説第24弾。
(裏表紙より)


 『万両ノ雪』では、前半は磐音は登場せず、江戸の南町奉行所の大頭与力・笹塚を中心に話が進む。で、途中で磐音がどのように登場するか、誰でも容易に察しがつくのだが、それをまた愉しみにしながら読み進む。そして、案の定の展開にニヤリ(^^)。帰ってきた坂崎磐音は、佐々木道場の主・玲圓の養子となり、佐々木道場の「若先生」こと、佐々木磐音となる。

 この巻は珍しく、というか初めて、著者の「あとがき」がある。

 『朧夜ノ桜』では、おこんが速水左近の養女となり、磐音と祝言を挙げる。もう、藤沢周平『用心棒日月抄』のようなその日暮らしの用心棒生活も無いかと思うと、愛読者としてはちょっと寂しい気もする。で、今や権勢家の田沼意次にとって、邪魔者となった磐音。磐音を亡き者にするために、全国から選りすぐられた伝説の剣士たちが、次々と戦いを挑んでくる。

 面白し。


 次は、『魚舟・獣舟』(上田早夕里・著/光文社文庫)。
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2010年03月11日

ハナシがはずむ!笑酔亭梅寿謎解噺3


ハナシがはずむ!
著者名:田中啓文(著)
出版社:集英社
出版年:2010.02
ISBN :9784087465389


 落語ミステリ、第3弾。


・内容
万年金欠状態の梅寿の個人事務所“プラムスター”に時代劇オーディションの話が舞い込んだ。一門をあげての参加の末に、合格したのは金髪トサカ頭の竜二。芝居の面白さにハマり込み、落語の修業も上の空。案じた梅寿は地方のボロ劇場に竜二を送り込むが、ここがまた曲者ばかりの芸人の巣。さらには東京vs大阪の襲名を賭けた世紀の対決が勃発して…。ますます快調!青春落語ミステリ第3弾。
(「BOOK」データベースより)


 最初の巻こそ殺人事件もあったが、今ではすっかり日常の謎系が中心の連作集である。謎が小粒な上に、梅寿師匠の相変わらずの破滅的芸人ぶりとそれに振り回される梅駆=竜二のドタバタがおかしくて、ミステリの部分なんか、ほとんどどうでも良い(笑)。

 相変わらずといえば、落語の東西の大師匠たちが密かに驚嘆するほどの才能の持ち主なのに、竜二は落語一筋に邁進・・・とは行かず、映画やら歌舞伎やら、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。

 でも、おかげで退屈せんわ。

 現実の世界でも、鶴瓶師匠も三枝師匠も、若い頃はただのタレントという感じで、落語家としては全然大したことなかったわなぁ。

 ・・・関係ないか、この小説に。


 次は2冊読みの『居眠り磐音江戸双紙 万両ノ雪/朧夜ノ桜』(佐伯泰英・著/双葉文庫)。
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2010年03月07日

虐殺器官


虐殺器官
著者名:伊藤計劃(著)
出版社:早川書房
出版年:2010.02
ISBN :9784150309848


 「虐殺」と「器官」。およそ結び付かない2つの言葉から成るタイトルに刊行時から興味津々だった。「虐殺機関」なら分かるけどなぁと。


・内容
9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の陰に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう…彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化。
(「BOOK」データベースより)


 「ベストSF2007」第1位、「本の雑誌オールタイムベスト SFベスト100」第16位(今世紀作品では最高位)、「SFが読みたい!2010年版」誌上の「ゼロ年代ベストSF」では、僕の大好きな『グラン・ヴァカンス』などを抑えて、国内篇第1位。

 善良な研究者ジョン・ポールが後進諸国で虐殺を次々と引き起こすために利用した「虐殺器官」とは何か?なぜ、彼には虐殺が必要だったのか?

 その答えは、作品を読んで頂くとして(僕は正直そこには特に感心はしなかったのだが)、この繊細な筆致は、SFもまた文学なのだと思わせてくれる。

 そして、僕が感心しなかったジョン・ポールの理屈は、実は先進国でそれなりの生活を送る現代の我々の理屈でもある。我々が見ないフリをしている理屈である。

 だからこそ、感心できなかった、感心したくなかったのかも知れない。苦い物語だ。

 僕個人としては『グラン・ヴァカンス』に軍配を上げる。

 ただ、これだけの才能が、プロ作家としては2つの長編と3つの短編、あわせて僅か5つのオリジナル作品だけを残して、2009年に癌のために34歳の若さで亡くなったのことは残念である。


 次は、『ハナシがはずむ!笑酔亭梅寿謎解噺3』(田中啓文・著/集英社文庫)。
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2010年03月05日

楽園(上・下)


楽園 上
著者名:宮部みゆき(著)
出版社:文藝春秋
出版年:2010.02
ISBN :9784167549077



楽園 下
著者名:宮部みゆき(著)
出版社:文藝春秋
出版年:2010.02
ISBN :9784167549084


 大作『模倣犯』を読んだときの自分の感想がどんなものだったか、もうあまり覚えていない。が、ストーリーと直接関係のない、登場人物の背景を細部まで書き込む手法に辟易したことは記憶にある。


・上巻内容
未曾有の連続誘拐殺人事件(「模倣犯」事件)から9年。取材者として肉薄した前畑滋子は、未だ事件のダメージから立ち直れずにいた。そこに舞い込んだ、女性からの奇妙な依頼。12歳で亡くした息子、等(ひとし)が“超能力”を有していたのか、真実を知りたい、というのだ。かくして滋子の眼前に、16年前の少女殺人事件の光景が立ち現れた。
(「BOOK」データベースより)

・下巻内容
16年前、土井崎夫妻はなぜ娘を手にかけねばならなかったのか。等(ひとし)はなぜその光景を、絵に残したのか?滋子は二組の親子の愛と憎、鎮魂の情をたぐっていく。その果てにたどり着いた、驚愕の結末。それは人が求めた「楽園」だったのだろうか − 。進化し続ける作家、宮部みゆきの最高到達点がここにある!
(背表紙より)


 この作品が最高到達点とは思わないが、『模倣犯』よりはずっと良かった。

 交通事故で死んだ、萩谷敏子の12歳の息子・等。彼が残した全く作風の異なる絵。一方は、授業や写生で描いた、小学生レベルを遥かに超越した技量の写実的な絵。もう一方は、彼の頭の中にモヤモヤと浮かび、描かずにはいられなかったという幼稚園児レベルの落書きのような絵。

 しかし、その落書きのような絵を収めたノートには、等本人が轢かれることになるトラック、「模倣犯」事件の舞台となった山荘(警察と当事者である滋子しか知らない事実の描写まである)、そして等の死後に発見・報道されることになる土井崎家の床下に眠る少女が描かれていたのだ。

 等の不思議な絵はどのようにして描かれたのか、合理的な説明があるのでは・・・と思っていたが、結局そのような常識を超える“力”があったのだということに落ち着く。この設定を受け入れられるかどうかで、作品への評価は変わりそう。

 正直、SF・ホラー・ファンタジー以外の作品で、これをやられると、僕はダメ。

 あと、途中に入る5つの「断章」は本筋とどう関わるのか、いやが上にも期待感を高めてくれるけど、終わってみると「この仕掛けは必要だったのか?」という感じ。

 それでもかなり面白く読めたのは、人物が過不足なく丁寧に描かれていて、人間の強さと弱さが切々と胸を打つから。


 次は、『虐殺器官』(伊藤計劃・著/ハヤカワ文庫)。  
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2010年03月02日

武士道シックスティーン


武士道シックスティーン
著者名:誉田哲也(著)
出版社:文藝春秋
出版年:2010.02
ISBN :9784167780012


 誉田哲也氏の警察小説はなかなかの人気らしいが、僕は1作だけ読んで、好みに合わないと思ってしまった。さて、こちらはどうか?


・内容
武蔵を心の師とする剣道エリートの香織は、中学最後の大会で、無名選手の早苗に負けてしまう。敗北の悔しさを片時も忘れられない香織と、勝利にこだわらず「お気楽不動心」の早苗。相反する二人が、同じ高校に進学し、剣道部で再会を果たすが…。青春を剣道にかける女子二人の傑作エンターテインメント。
(「BOOK」データベースより)


 警察小説より、こっちの方が断然いい。

 香織の心の師は「宮本武蔵」、愛読書は「五輪書」。こんな女子高生、イマドキ存在するとは思えない(笑)。けど、それが小説の中では生きている。

 彼女にとって剣道はスポーツではなく、「斬るか、斬られるか」文字通りの「真剣」勝負。幼少から厳しい指導を自ら望んで受け、どこまでも「兵法者」として剣の道を極めようと日常生活から心がけている。勝ちに拘り、強さに拘り、全国2位にも満足しない。戦う相手は単なる「敵」でしかなく、先輩・後輩・同級生の区別なく、他人の剣道にも厳しい。

 その剣風は、激しく相手を攻め立てる疾風怒濤の「動」の剣。

 一方の早苗にとって、中学から始めた剣道は家の事情(=お金)で止めた日舞の代わり。勝ち負けより、部活として皆で愉しみ、自分の成長を実感することが大切だと考えている。経験と体力、おっとりした性格から、まだ安定した強さを発揮できないが、実はなかなかの才能の持ち主。

 その剣風は、相手の攻撃をしなやかに受け止める「静」の剣。

 対照的な2人のぶつかり合いと、紆余曲折を経ながら徐々に育まれる友情。それぞれの剣道に、さらには自分という人間に、足りないものに気付いていく。先輩達や家族、そして部の顧問・道場の師匠・武具店の店主といった大人達の存在が、2人の成長物語をより鮮やかにする。

 爽やかで、元気になる作品。

 続編の文庫化が楽しみ。映画も観に行こう。


 次は、『楽園(上・下)』(宮部みゆき・著/文春文庫)。
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2010年02月21日

乱鴉の島


乱鴉の島
著者名:有栖川有栖(著)
出版社:新潮社
出版年:2010.01
ISBN :9784101204369


 久し振りに端正な本格推理が読みたくて・・・。


・内容
犯罪心理学者の火村英生は、友人の有栖川有栖と旅に出て、手違いで目的地と違う島に送られる。人気もなく、無数の鴉が舞い飛ぶ暗鬱なその島に隠棲する、高名な老詩人。彼の別荘に集まりくる謎めいた人々。島を覆う死の気配。不可思議な連続殺人。孤島という異界に潜む恐るべき「魔」に、火村の精緻なロジックとアクロバティックな推理が迫る。本格ミステリの醍醐味溢れる力作長編。
(「BOOK」データベースより)


 火村の推理そのものはいい。いつもながら実にクールでロジカルだ。

 ただ、犯人が殺人を犯した理由は納得できるが、高名な老詩人とその信奉者たちが思い描いていた夢があまりに突拍子なくて・・・唖然とした(火村の推理よりよっぽどアクロバティック)。

 この作品のキモは、殺人犯を見抜くことより、彼らの夢=島に集まった真の目的を明らかにすることにあるのだろうけど、この人達、ロマンチックに過ぎると思うな。ちょっと苦笑してしまった。

 現実味に乏しい。ネタバレになるから語れないが、いくら科学技術が進んでも、ええ大人が揃いも揃ってこんなこと考えるか?

 だからこそ、狂気じみた話と言えるのかもしれんけど。特にオススメはしないものの、読んだ人の感想を聞いてみたい作品。


 次は、『武士道シックスティーン』(誉田哲也・著/文春文庫)。
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2010年02月19日

めくらやなぎと眠る女


めくらやなぎと眠る女
著者名:村上春樹(著)
出版社:新潮社
出版年:2009.11
ISBN :9784103534242


 アメリカで発売された短編コレクションの逆輸入版、第2弾。

 収められているのは、

「めくらやなぎと、眠る女」
「バースデイ・ガール」
「ニューヨーク炭鉱の悲劇」
「飛行機−あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか」
「鏡」
「我らの時代のフォークロア−高度資本主義前史」
「ハンティング・ナイフ」
「カンガルー日和」
「かいつぶり」
「人喰い猫」
「貧乏な叔母さんの話」
「嘔吐1979」
「七番目の男」
「スパゲティーの年に」
「トニー滝谷」
「とんがり焼の盛衰」
「氷男」
「蟹」
「螢」
「偶然の旅人」
「ハナレイ・ベイ」
「どこであれそれが見つかりそうな場所で」
「日々移動する腎臓のかたちをした石」
「品川猿」

の24編。

 「めくらやなぎと、眠る女」は「めくらやなぎと眠る女」を朗読会用に短くしたという新バージョン。「貧乏な叔母さんの話」「ハンティング・ナイフ」も大幅改稿された新バージョンである。

 しかし、読んでみると、どこが改稿されているか分からない。当たり前かもしれないが、最初からこういう文章だったように自然に読める。で、本棚から古びた文庫本を引っ張り出して、初出バージョンと並べて比較してみると、確かにかなり変わっている。本人の前書きに曰く「昔書いてもうひとつ納得できないでいるものを、今の時点で書き直してみよう」と思ってのことだそうだ。

 それから、「蟹」は『回転木馬のデッド・ヒートに』の中の「野球場」の登場人物が執筆していた小説内小説を、作品化したもの。

 さらに「人喰い猫」。僕が購入していない『村上春樹全作品1979-1989』の中で書き下ろされた作品。冒頭、主人公がギリシャの島で買った新聞に「死後3匹の飼い猫に食べられてしまった老婦人」の記事が出ているが、これは『スプートニクの恋人』ですみれが読んだ新聞と同じである。

 ということで、「蟹」と「人喰い猫」以外は、全て過去に読んだ作品(バージョン違いを無視して)だが、この本を買わずにはいられなかった。

 発売後すぐ購入したのだが、家でじっくり読もう、いつものように通勤電車や風呂の中で読むのは止めようと思っていたら、仕事仕事で忙しく、家で読書する余裕が無く、読み終えるまでに随分時間がかかってしまった。

 タイトルからは想像できない、不思議な味わいの作品が多いが、「カンガルー日和」「ハナレイ・ベイ」「品川猿」が特に好きかな。

 『1Q84』のBOOK3が楽しみだ。


 次は『乱鴉の島』(有栖川有栖・著/新潮文庫)。
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2010年02月16日

向井帯刀の発心 物書同心居眠り紋蔵


向井帯刀の発心
著者名:佐藤雅美(著)
出版社:講談社
出版年:2010.01
ISBN :9784062765527


 派手さはないが、安定感があり、安心して楽しめる。燻し銀の紋蔵シリーズ。


・内容
次男の紋次郎にまで養子話が出て跡継ぎに頭を悩ませる紋蔵。貰い子の文吉も侠客・不動岩の伜に世話になると家を飛び出した。が、紋次郎が剣術の稽古でいじめられていると知って仕返ししたらしい。子供の喧嘩にしゃしゃり出てきた親は上役の吟味方与力・黒川静右衛門。逆恨みの無理難題を切り抜けられるか。
(「BOOK」データベースより)


 念願の定廻りから、例繰方へ戻された藤木紋蔵。シリーズ初期こそ、時と処を構わず“居眠り”してしまう奇病(=ナルコレプシー)ゆえ軽んじられた彼だが、今では豊富な過去の事件知識を活用して、現在の複雑な事件を丸く収める異能の持ち主と見做され、上役や同僚から何かと頼りにされる。まあ、便利に使われて・・・という側面もなくはないのでだが。サラリーマン−と紋蔵を例えても可笑しくはないだろう−は辛いのだ。

 しかし、紋蔵は波風が立たないように事を収めるだけなく、筋を通す頑固モノでもあるからこそ、さらに魅力的なのである。

 今作でも、自分の首をかける場面が。吟味方与力にも、雲の上の老中にも、正しいと確信する限り意地を張る(念のため、付言しておくと、さすがに老中との直接の遣り取りはない)。

 なかなか、そういうことはできない、現実は。だからこそ、読んでいてカタルシスがある。

 にしても、長男・次男は他家に入り、引き取った文吉は侠客の家に行き、藤木家の跡継ぎはどうなることやら・・・。


 次は『めくらやなぎと眠る女』(村上春樹・著/新潮社)。
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2010年02月14日

サクリファイス


サクリファイス
著者名:近藤史恵(著)
出版社:新潮社
出版年:2010.01
ISBN :9784101312613


 2008年本屋大賞第2位。


・内容
ぼくに与えられた使命、それは勝利のためにエースに尽くすこと−。陸上選手から自転車競技に転じた白石誓は、プロのロードレースチームに所属し、各地を転戦していた。そしてヨーロッパ遠征中、悲劇に遭遇する。アシストとしてのプライド、ライバルたちとの駆け引き。かつての恋人との再会、胸に刻印された死。青春小説とサスペンスが奇跡的な融合を遂げた!大藪春彦賞受賞作。
(「BOOK」データベースより)


 小説を読む愉しみのひとつに、それまで知らなかった世界を知るということがある。僕にとってはこれもそんな1冊。

 自転車ロードレースは、日本ではマイナースポーツ。ぜいぜい「ツール・ド・フランス」という名前を知っているくらいだ。この作品を読んで、このスポーツが肉体だけなく、頭脳の戦いであることがよく分かった。

 そもそも単にヨーイドン!で、誰が一番速いかを競うだけだと思っていた。まあ、そういうレースもあるのかも知れないが、ここで描かれるのはチーム戦である。エースを勝たせるため、他のメンバーはアシストとして走る。たとえば、エースの前を走って風除けになる、他のチームのペースを攪乱する、エースの自転車にトラブルがあれば自分の自転車の部品を差し出してリタイアする、などなど。

 アシストは基本的に自分の順位、自分の優勝に拘らない。チームの総合優勝のために戦略上必要な場合を除いては。

 主人公の誓(ちかう)は、将来のエースになれるほどの潜在力を秘めながら、そういう欲が全く無い。勝利に拘る生き方から解き放たれた“自由”を満喫している(かつては陸上界の有力ランナーとして勝利を求められてきた)。時にその無欲さが周囲にさざなみを立てる。

 そして、あまり感情表現のないエースの石尾。かつて、自分の地位を脅かしたチームの若手を、事故に見せかけて下半身不随にしたという噂が付き纏う。噂に違和感を覚えている誓が、過去の真相を突き止めるあたりは、ミステリとして読ませる。

 サクリファイス=犠牲。これはもちろん、エースに対するアシストの存在を意味しているのだが、石尾の本当の姿、石尾の想いが最後に明らかになるとき、もうひとつの“犠牲”の意味が、感動と共に立ち上がってくる(まあ、大感動とは言わないが)。

 280ページの中編だが、読み応えはドッシリ。ただ、誓の前に現われる過去の恋人が個人的にはウザイ。


 次は『向井帯刀の発心 物書同心居眠り紋蔵』(佐藤雅美・著/講談社文庫)。
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